showtime #1

『皆さんは、手放したくてもどうしても戻ってきてしまう思い出や考えはありませんか?僕にはあります。』


聞いた事が無い優しい雰囲気のジャズがBGMで流れている。左手に持ったバイシクルの赤デックを右手でカスケードしながら問いかける。
デックをテーブルに置くと、もう一度観客に語りかける。

『これって、あの時こうしておけば良かったとか、後悔から来るものが多いと思います』

目線を手元のトランプに移した。

『僕は今でも時々思い出すことがあります』

そう言ってデックを右手で掴み、両手でファンをした。ハートのエースをアウトジョグすると取り出して、表向きにしたままデックのトップに置いた。

『僕、小学生の頃に好きな女の子がいました。ところが、その子に告白できないまま、転校してしまったんですね。』

トップにあったハートのエースを右手で取ると、同時に左手でファンをした。そしてエースを真ん中あたりに差し込んだ。

『転校先でも何も出来なかった未練は残っていましたが、新しい環境に慣れようと必死に生活するうちに、気がついたら忘れる事が出来ていました』

そう言ってファンを閉じ、カスケードしてみせた。

『ところが、ふとした時に思い出してしまいました。忘れる事が出来てたんだと気付きましたが、それからは意識にこびりついてしまいました。そしてまた元の状態に戻ってしまいます。こんなふうに。』

指をパチンと弾くとトップカードをめくって示した。

カードはハートのエースだった。

『皆さんはいかがでしょうか?』

テレビの向こうで語り掛けてきたマジシャンの言葉に脳が反応した。

小学生から一緒だったトモヤが学校に来なくなった事が何故だか浮かんできた。

今までも時々思い出す事はあった。何故来れなくなったのかはわからない。でも、何故か罪悪感のような気持ちがまとわりついてくる。

自分が何かしてしまったかもしれないから?

学校に来なくなってから一緒に遊ぶ事がなくなってしまったから?

何かできた事があるんじゃないかと思ったけど、どうしていいか分からなくて結局何もしなかったから?

考えている間に次のマジックが始まっていた。今度はヴィバルディの冬らしき激しいバイオリンのメロディが流れていた。BGMを特定出来ないままマジックに注意を向けた。

ハートのエースが赤のキング2枚に挟まれている。エースを裏向きに直しすと、トップにあった3枚もカットされた事によってデックの中に混ざっていった。

デックを半分に分け、残りの黒2枚をデックのトップに表向きに乗せ、裏返すと真ん中に先ほどのハートのエースが表向きになって現れた。

えっ、と思う暇もなく次の不思議が始まっていた。エースとキングを裏返し、半分見えた状態で手をかざすとエースは消えていた。

まさか、と残り半分のデックに注目した。

デックをスプレッドすると表向きになった2枚の赤いキングの間に裏向きのカードが挟まっていた。

やはり、ハートのエースだった。

タネはあるのだろうが、技術や仕掛けでこんな鮮やかに瞬間移動が出来るのだろうかと思うとため息が出た。

また、トモヤの事が思い出されてからは、ハートのエースが出てくる度に変な罪悪感が起こった。驚きと一緒にモヤモヤした感覚があった。

トモヤはどうしているのだろうか。

この番組を見てるのだろうか。

トモヤは繰り返し思い出す事があるのだろうか。

あるとしたら、一体どんな事だろうか?

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