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編集者から見る『マグノリア』

※この記事は、「Board Game Design Advent Calendar 2021」の1日目の記事として執筆されています。

●まえがき

おそらくほとんどの方は、初めましてのご挨拶になるかと思います。
アークライト 国内BG制作部の、後藤翔(かける)と申します。

2019年に入社してから、いくつかのボードゲームを編集させていただいています。

掲題の『マグノリア』、発売間近の『タイガー&ドラゴン』がメインで編集させて頂いた作品です。
その他『フォグサイト』『ユグドラサス』や「ミステリーポータブル」シリーズ、春発売予定の『ゴジラ』などの補佐を担当させて頂いています。

『マグノリア』は、今年の3月に発売されたカードゲームです。ジャンルで言えば、拡大再生産であり、セットコレクション的でもあり……な感じです。遊び口になんとなくTCGらしい面もあり、それなのに操作は簡単。短時間でゲーム会のスキマにも差し込める。めちゃめちゃ優秀で、とってもよくできたゲームです。

マグノリア1

ありがたいことに、ショップ・プレイヤーの皆様のおかげで増刷の機会も頂き、Twitterでも高い評価を賜っています。大変嬉しい限りです。
「大学生が仲間うちでワイワイ遊ぶ」「ゲーム会のどこかで軽めにちょっと考えるくらいのものを遊ぶ」のようなシーンに強く適応するタイプのゲームで、そんな場面で遊んでいただいている風景も届いています。

しかしながら、それは言い換えると感染症による活動自粛の影響がモロに直撃してしまうタイプの作品ということでもあります。
こうした時流や自分の力不足によって『マグノリア』の魅力が、それにピッタリ合致する方にお届けしきれていないのではないか、と考えました。
それは絶対にもったいない!そしてそれはゲームデザイナーの上杉真人さんやイラスト・グラフィックの長谷川登鯉さんに大変申し訳のないことです。

より多くの人に遊ばれるべきと言えるだけの魅力がこのゲームにはあると確信しています。そんな『マグノリア』、何とかして、より多くの人に魅力を届けたい……そう思っていた折に、上杉さんから「Board Game Design Advent Calendar 2021」のお話を伺い、これは筆を執るよりないと脊髄でイエスを返して、今こうして文章をしたためています。

何を書くかについては悩みました。結果、アドベントカレンダーの性質、参加層を鑑みて「編集者目線」を書くのがよいと考えました。それもとくに、『マグノリア』の最大の特徴たる「テンポ感」について。
ゲームデザイナーさんの文章をデザイナーズノートと称するのであれば、「エディターズノート」と呼べばよいでしょうか。既存の言葉で言えば「編集後記」?ともあれ、少しばかりお付き合い頂けますと幸いです。


●最も重要なのは「テンポ感」

上杉さんは、『ボルパルス(デザイン時の名称)』を「ものすごく高速でありえないほど拡大再生産する、わずか20分でやりごたえのあるカードゲーム」を目指してデザインした、と書かれています。

実際にプレイしてみると、それはまぎれもなく本当です。あまりに速いのです。コストを払って3×3マスにカードを置くだけでパラメータが伸長します。得点の処理を終えるとすぐに次のカード配置に移り、そこには拡大再生産があります。そして、気持ちが高ぶり、自分のプレイの足跡に興奮したと思いきや……ふっとゲームが終わります。

何てもどかしい。まだこの興奮の中にいたいのに。砂漠の中に置いていかれたようでした。気づけば口に水を運ぶがごとく、次へ次へとニューゲームに身を投じているのです。「あと1ラウンドあれば。《藁のゴーレム》が効いてくれれば勝ったのになあ」……初めてこのゲームをプレイした日の記憶です。よく覚えています。

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(《藁のゴーレム》と、イラストが好きな《ゴーレムの王》)

ステレオタイプ的な前提として、拡大再生産はその定義からして小→大の変化に時間を要求し、拡大の方法に多様性を必要とするゆえに担保として時間の幅を要求し……と、とにかく、重厚長大に振れやすい性質を持ちます。
しかし、上杉さんはそこに速さを求めました。ものすごく高速、ありえないほど拡大。それが具現化されたゲームは目の前に。
よって、編集させていただくにあたっての最重要点は「テンポ感を削がない、生かす」ことでした。

それを前提とし、『マグノリア』は各種コンポーネントの仕様を検討されています。

自分の中で特に印象に残っている点をいくつか挙げてみます。

●カードの種族・職業枠

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(TCGっぽいUIの中に光る上下左右の帯はまさに『マグノリア』!)

『マグノリア』の見た目の「らしさ」を決定づけているのは、種族と職業の色をした、枠にかかった帯ではないかと思っています。
元々はコストや戦力の下に種族・職業のアイコンが置かれており、今も残っているカード下部のアイコンと2箇所で表現していました。しかしながら以下の点で問題を抱えており、それを帯のグラフィックで解決しよう、ということになりました。

1:存在感
種族のシルエット、職業のアイコンはそれぞれイラストレーターの長谷川さんが素晴らしいものを仕上げてくださいました。
しかしながらテストの中で、種族・職業の情報をアイコンを配置するだけにとどめると、カードが並ぶ盤面で種族と職業の存在感が薄れてしまうことが懸念されました。
これを帯として見せることで、いわゆる「左上の情報枠」を食いつぶすことのない、視界の端でもなんとなくで察知できる情報になりました。

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(手札として持った時。コストを見ながらでも種族と職業が把握しやすい)

2:嬉しさ
『マグノリア』において、プレイヤーはユニットの種族・職業を3体揃えてビンゴのごとき「ボーナス」を発生させることを(根本の勝ち負けは措いて)目指します。……目指すのですが、物理的な接続がない状態では揃った感覚が弱く、体験の強度が不足していました。
上下左右の帯はその接続を視覚的にもたらし、つながっている部分をわかりやすく、揃えて嬉しい気持ちを生み出す優れたビジュアルになりました。
副次効果としてつながっていない部分もわかりやすくなっており、この列は揃う見込みがないから諦めよう、という判断も一見してできるようになっています。

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(つながりと断絶。「中段横は揃うかも」とパッと見でわかりやすい)

ちなみに、種族・職業はアイコンと色でのみ表され、カード上に文字の形では一切書かれていません。これは種族・職業の本質が「同一のものを揃える」ことにあり、文字はスムーズな情報取得手段として色に劣ることからそうしています。
カードに記載する情報はけして少なくなく、取捨選択が必要です。削るべきと判断した結果、こうなりました(少なくとも種族はカード名とイラストでおおよそ区別がつくのもあります)。

見た目の独自性を演出する意図は起点ではありませんでしたが、帯は結果として『マグノリア』であることを示す強い特徴になり、自分としてはとてもお気に入りだったりします。

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(副次効果として画像のようにズラせば種族・職業がわかり、カードの整理がとっても楽だったりします。その上で裏からはわからないので安心)


●カードテキスト

(文中、★と■でアイコンを代用しています)

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(技術と信仰を扱うものたち。ちなみにゲームでは、ドワーフは技術寄り、エルフは信仰寄り。ゴーレムは両方を扱う)

「1★技術点」「1■信仰点」という記述ルールは意図あってのものです。
というのは、「技術と信仰はラベルが別なだけで同じ概念である」ことに起因します。文字数も操作も同じであるため、通常の文のみでは目が滑ってしまうことを危険視しました。

となると「1★」「1■」ではないのはなぜか、となりますが、これには「字幅の確保」という意図も噛んでいます。「文字数が小さいとその面積も小さいので見逃される」ことを防ごうというものです。

アイコン、文字数の2つの要素で目の滑りを防ぐことで、流麗なテンポの中でも見間違いを起こさないようにするねらいです。

※戦力やお金チップ、VPについても同じことが言えそうですが、技術と信仰ほど近い概念がないことや、フェイズ自体がより大きいイメージをもたらしてくれることからアイコンが省略されています。


●ボード類

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(左下:戦力ボード 右上:VPボード)

戦力/VPボードや個人ボードは、「ざっくり滑らせられる」ことを意識しました。
オブジェクトを薄く、平面上で滑らせることで、「持ち上げて移動させて置き直す」の動作を省略する意図があります。

また、個人ボードは意図的に縦置きにしました。能力が伸びていく方向は左から右、下から上と選択肢がありますが、縦に長いカードを3×3で並べる傍らに横長のボードは収まりが悪いと考えてのことです。
「大学生が集まってワイワイ遊ぶテーブル」を思い浮かべた時に、横長ではテーブルに乗らなかったんですね。

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(画像で一発、縦長の収まりの良さ)


●お金チップ

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(お金チップは金貨だけ少し大きい)

1金銅貨、3金銀貨、6金金貨の3種類があります。
珍しい点は、「なぜ5金ではなく6金なのか」になるでしょうか。

1:最初の所持金
ゲームの最初に、各プレイヤーは5金を与えられます。この数値は、1金が5枚か、1金を2枚+3金を1枚のどちらかの組み合わせになります。これが5金を1枚となると、テンポロスにつながります。

つまり2金や3金のユニットをプレイするとおつりが発生し、それが物理的なもたつきを生みます。1と3の集合であれば額面をスッと卓に戻せるところ、5という塊のせいで、脳内でも引き算が発生します。

もちろんこれは、「5金のお金チップで最初の所持金を構成してはならない」ことを規定すれば解消できる問題です。
しかしそれは、「5の塊があるのに何で?」とプレイヤーに別の疑問を呈し、かつ実質的に意味をなすこともないルールです。「ルールのコスパが悪い」と表現したりしています。
ゲームバランスに基づく最初の所持金とあえて差を付けることで、余計な疑問を感じることなくセットアップを行うことができます。

2:ユニットのコストによるプレイ体験
ユニットのコストは基本的に6までの範囲に収まっています。ということは、おおよそ最高値である6金のユニットは単独でかなりのパワーを発揮してくれます。
これは「5まではバラバラで持つ。6はひとかたまりで払う」ことには妥当性をもたらします。カードプールの面でも「6」をお金チップの単位として設定することは「アリ」だと判断し、金貨の額面が決まりました。これを踏まえて《エルフの魔術師》や《ドワーフのビール職人》をプレイすると、自然と6金チップの意味を感じられるかと思われます。

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(我ら、6金トリオ!)

※各種族1枚ずつある「君主」は高いコストを持ちますが、枚数の少ないレアケースです(1ラウンド目に出すこともできません)。よって優先度は低くなります。


……大体こんなところでしょうか。

ここに記したのはゲーム全体からするとほんの一部ではありますが、編集者の立場で、細かな情報の整理、取捨選択、表現手法など色々と考えていることが伝われば嬉しいです。何かの参考になれば幸いです。

『マグノリア』がさらに多くの皆さまのもとで遊ばれるようになれば、拡張セットの制作にもつながります。私自身、このゲームのさらなる速さ、さらなる拡大、新たな戦略をお届けしたいですし、自分もぜひ遊びたい!です。お手に取っていただければ、嬉しいことこの上ありません。今回で紹介しきれなかった、「テンポ感」を目指した別のアプローチも見つけられるかと思います。ぜひよろしくお願いいたします。

どうもありがとうございました。


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