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あなたは、どんな人でありたい?#24

「なんの役にたつかわからないけど、あいつを呼ぼうぜ。と、言われる人になりたい。」

と、糸井重里さんが書いていたことがあります。ぼくは、そんな糸井さんのほぼ日を読みはじめて、糸井さんのようになりたいと、思いました。

ほぼ日を読みはじめてから、毎朝読んでいた新聞を読むことをやめてしまい、入っていた政治経済学部への興味を失い、そして、ぼんやりと描いていたジャーナリストという目標も、なんとなくその場でふわっと、跡形もなく、消え去りました。

なんでだろう?と思って糸井さんのかけらを集めてみると、

■肩書きが、よくわからないこと
■言葉を使って、仕事をしていること
■自分の価値観すら、疑っていること
■ものごとの本質がどこにあるのかを、考えてること
■人と関わったり、伝えることを仕事にしていること
■ものごとの見方が、常にフラットなこと
■専門性や正確さよりも、伝わることを重視していること
■誰かを否定しないこと
■変わり続けることを、大事にしていること
■まじめさとユーモアが、入り交じっていること
■熱すぎず、冷たすぎず、温度感を大事にしていること

と、ぼくが思い付く限りでしかないけれど、そんなところがあるのかもしれません。糸井さんが以前、

「誰かを信じてついていくだけというのは、思考停止に近い。ただ付いてくるだけの人を、付いてこられる人は、どうしたらいいの。」

といったことを、書いていたことがありました。

糸井さんに憧れつつも、糸井さんではないぼくは、糸井さんのどこかを取り入れつつ、どうありたいんだろうか?を考えることが、自分はどうありたいかに近づいていくのかな。

読んでくれた方、ありがとうございます。すべて意味のわかる日本語で書かれているのに、それでもまだほんとの意味が理解できない文章を読んだのは、ほぼ日がはじめてだった。

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