第21回 #呑みながら書きました 後夜祭参加します
コンビニで伊右衛門買ってきました。お茶キメています。
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唐突ですが、自分の前に15万冊くらいあって、著者が複数観光するからプレーヤーの数は少ないけれど、『夜と霧』や『道は開ける』が上位にいて、新しいロングセラーを送り出すことに出版社さんが本気で組織で挑まれており、ドラゴンボールの悟空とフリーザを見上げるクリリンの背中も遠いと実感しました。
でも82億人の中で15万人目というのは、0ではないから、頑張ったじゃんとも思っています。(近況報告)
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2021/03/01の記事を掲載したのは、表現する者にとって、大切なことだから。
また、マリナさんが書かれた、書き続けることへの支援は、共同マガジンやサブスクリプションで、ユーザー側が場を育てていますね。3年で、ずいぶん変わりました。
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音声入力に変えるわけですけれども、 誤字、雑字が足りないということもありますし、 日本昔話なんかだと、村一番の美人みたいな、 それの恩返しとかも、多分そんな感じの描写に思うんですね。 90年代、ネット社会になる前だと、 クラスで3番に面白いとか、クラスに3番で勉強できる、 それは学年一位とか、神奈川県で一番とかじゃなくても、 クラスで3番で、つまりちょっと頑張ればできることで、 みんなから認めてもらえて居場所が得られたわけですよね。 それが現代は、いきなり世界で一番成功した人と比べられることが起きちゃうから、 ちょっと上手っていうことを経験しにくくなっていると思うんですよね。 これは、小40(※昭和40)年代、東京の下町。 工場の煙で3メートル先見えないぐらい空気もくもくだったらしいんですけども、 今はそれ改善されましたよね。 そうした社会の変化による弊害っていうことが、 比較とかネットで比べちゃうということで、 あるいは誰でも表現できるということで起きていると思うので、 そこを何とか解決して、 ちょっと上手いだけでなかなか認められなくても、 だから筆を折る必要はないよっていう、 ちょっと上手いっていうところを通らないで、 いきなり日本で一番とか世界で一番とかっていうところには行けないはずだから、 なかなか認めてもらえなくても、 最初はクラスで3番とか、 誰でもできるところから始めていいんだよっていうことを、 私は最近繰り返し思わされています。
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マリナさん、ピッカーの皆様、呑み書きのファンの皆様、お付き合い感謝です。
さいきん私のアカウントを知ってくれた皆様、後夜祭はまだ間に合うので、朝から呑んじゃいますか?🥂
サポートする値打ちがあると考えて下さって感謝します! 画像生成AI学んでるので、その費用にさせて下さい。 新書を一冊読むことよりお得なnote目指してます。