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ファンノベルという新しい概念、その2

▼短編

『ギリグリヨ 様』


●〇●〇


 不思議な体験をしたことはあるだろうか。そう問われたところで、何が不思議かなんて個々人によって違いがあるものだ。だからここでは、普段しない体験ということとしておいてほしい。少なくとも彼には、普段起き得なかったことが起こったのだと。たとえそれが、別の誰かにとっては何の変哲もない出来事であったとしても。

 通知が鳴る。
 スマホを確認すると、通知を点けていた配信者のリツイートが流れてきたようだった。配信者における同業者のリツイート、俗にRTなんて略されることもあるこの行為は、別に珍しくもないものだが、普段関わり合いがあるようには見えない相手の配信ツイートをRTするというのは、まぁ、何かしらの理由があったのだろうと想像できる。それが何なのかはわかるものではないし、そんなに気になることもない。ただ少なくとも、その配信者がそれに値すると判断した、という最低保証を得られている可能性がある。あくまで可能性ではあるが、それが担保されているというのであれば、少しは興味も惹かれるというものだ。

 ちらりと内容を一瞥した。そして、もう一度。

 どうやら脳が一瞬理解を拒んだようで、情報が情報のまま認識されて頭に入ってこなかった。
 瞬間的に思ったのは、珍しく思える位に普通のVtuberだな、ということ。今、世の中に溢れているVは正直、何かしらが変でそれが普通だ。だからこそ普通になってゆけばゆくほど変になってゆく不思議な世界だ。
 そんな世界で、サムネイルという広告表紙に載る少女はごく普通の女学生の姿をしていた。何の変哲もないセーラー服に、アクセサリやペイントもないごく普通の少女だ。もしかしたら、汎用的に用意されている身体を使っているのかもしれないし、珍しいと言えば珍しいが、それ自体は稀に見る事だった。それだけなら、特別何かを思うこともなく、流していたことだろう。
 けれど、そんなごく普通の素朴なVtuberです、みたいな顔をして、そのくせ配信タイトルが「【魔法】儀式3日目【禁断の再臨≪フォービドゥン・ラ・アナスタシス≫】」なのだから落差がすごい。
 じわじわと、古に封印されし記憶と笑いがこみあげてきて、理解した瞬間吹き出さずにはいられなかった。どんな姿でどんなテンションで何をしているのだ、と少し気になった彼は、ツイートに埋め込まれたURLを踏んだ。

 開始間もない配信画面の向こうでは、サムネ通りの少女がつらつらとわけの分からない言葉を羅列していた。コメントがあれば大仰な態度で言葉を返しつつ、呪文の詠唱を続けていた。見た目と相まって、何とも不思議な感じだが、視聴者もそれを面白がってかちょこちょことコメントが打たれ、枠自体はそれなりに賑わっているように見えた。
 よくあることではあるが、数分もすれば視聴者も落ち着き、枠を去ってゆく。コメントの流れもなくなり、少女はお喋りすることもなく呪文の詠唱が滔々と続く。その姿が何となく面白く見えて、配信画面を流し続けていた。
 ふと、画面を見ると視聴者の数は1、つまりはもう見ているのが彼だけだということを示していた。

 一言ぐらいは。そう思いスマホに触れた瞬間の事。突然、手にしたスマホの画面が暗転したかと思えば、彼はスマホの暗闇に落ちるという、今まで経験したことの無い経験をしていた。

 気が付けば目の前に、宙に浮かぶ画面に向かって先ほどまでも聞いていた呪文を読み上げ続ける少女がいた。彼が今つい先ほどまで画面越しに見ていた姿そのものである。少女が相対する画面の向こう側は白く光っており、何も映っていなかった。
 彼に気付いた少女は、数瞬動きを止めると慌てた様子で配信終了の口上を述べた。すると、少女の目の前に浮かんでいた画面が閉じる。そのうえで誰何をしてくる少女は、もしかする大成する器があるのかもしれない、なんて思考が逸れるが、警戒心を露わにする少女に対し、兎にも角にも自身ですら状況が分かっていないことを伝えた。何かにハッとした様子を見せた後に警戒心は随分と薄れたが、性分としてかなり人見知りなのか、しばらくはまともに会話が成立しなかった。
 それなりの時間をかけて互いに状況把握の話し合いを進めた。配信での様子とはうって変わりしおらしい口調で話す少女。ようやく現状を何となく理解できたような気がした。理解はし難いが、状況をまとめると、彼は何かしらの原因で電子の世界に入り込んでしまったようだった。
 少女は、配信にて神霊召喚の呪文を詠唱していたらしく、しきりに「私のせいで」と呟いていたが、そんなことはないだろう。冷静に考えれば、隕石でも降ってきたか何かで生死の境を彷徨っている最中に見ている夢というか、そんなところだろうと考えた。そんな彼の前で、彼に慣れてきたのか、「戻る方法を探しましょう」と息巻く少女。少女が空を見上げ、彼もその視線を追うと、空には細いものから太いものまで、そこかしこに線が浮かんでいた。少女曰くそれはひととひととの繋がりなのだそうだ。この世界は色々なつながりを渡って相手の所に尋ねてゆくことができるらしい。ただし、渡ることができるのは太い繋がりに限るらしいが。
 そう聞いて再度空を見上げると、太い繋がりは片手程の数しかなかった。何とも言えない気持ちに、視線を下ろすと、少女と合った目がさっと逸らされた。兎にも角にも、少女は彼の手を引いて最も太い繋がりを渡った。

 彼女らは、元の世界に帰る方法を探し、繋がりを渡り、そのさらに繋がりを渡り、色々な配信者、あるいはそうでない者の元を訪ね歩いた。当然それらの中には見知った配信者も数多くいた。一般人に魔法使いに天使に動物に。
 けれどその誰も現状を解決する方法を持っていなかった。それこそ、神格を持つような存在ですら。そこまで自由な存在ではないとはいえ、仮にも神様と呼ばれる存在にすら解決できないのであれば、彼が現実に戻るのはもう、不可能なのではないかとすら思った。彼の想像が正しければ、ここから戻ることができないというのは永遠の眠りということになる。彼は、それなりに心配な事や、やり残したことを思い浮かべた。
 いくつもの繋がりを渡った末、もしかしたら、と教えてもらった繋がりを渡り、その存在の元へとたどり着いた。そこで出会った存在は、見たものを見たいように見せる神格を持った存在。彼女らはソレを見た。その存在を見て、会話すらした記憶があった。けれども、ソレがどんな存在で、どんな会話をしたかというのは明確にはわからなかった。ただもたらされたのは、望んだ結果だけ。事実としてあるのは、次の瞬間には現実で目を覚ましたということだけだ。
 彼は、スマホを手に取った状態で意識を取り戻した。時間は件の配信を見始めてから数時間が経っているが日付は変わっていない程度の時間だった。スリープにもならず点けっぱなしで熱を持っているスマホは、少女の配信終了の画面で沈黙していた。夢だったのだろうか。少なくとも彼は、だろうな、と納得した。不思議な夢を見た。もしかしたら、身体に唐突に気絶してしまうような問題が起こっているのかもしれないとも思ったが、健康診断の結果はわるくなかったはずだった。彼は一応病院で簡易的な検査を受けたが、特に問題もなく一安心していた。
 変な夢だった。彼はそう処理した。けれど、しばらくの間、配信を覗きにいった先で皆が一様に言っていた。「変な夢を見た」と。何となく彼は、おぼろげな記憶を頼りにひとを辿り、最後に会ったはずの存在を探してみた。そのひとを見つけ配信を覗きに行く。

>初見です。こんにちは

 なんて事のない日常のことを話す雑談配信。流れることのないコメント欄に彼はコメントを打つ。

 それに気づいたそのひとは口を開き、なんて事も無さげに答えた。

「お久しぶりですね」


 おしまい。

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