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短編小説『ワタシは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』全06話

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渦巻く不安を晴らすためアームカットを繰り返すモエ。攻撃的なギターを奏でるサキと出会い、やがて二人は深くつながり合う。 しかし二人の距離は次第に離れ、モエは男を漁ることで寂しさを埋…
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短編小説『わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』第01話 オルファの黄色いカッターナイフ

 ベッドの中で独り、耳をふさいでいる。  静けさに耐えきれず頭から毛布をかぶった。眠れない夜に聞く、静寂の音が嫌いだ。  もう三十分以上もこうしているだろうか。耳から手をはずそうとしたのだけれど、肘の関節が油の足りない機械のように悲鳴をあげて動かない。きしむ腕をゆっくりと伸ばして、ベッドの中からはいだした。  照明は消したままだけど、窓から差し込む月明かりのおかげで部屋を見渡すことができる。半年ほど住んでいるワンルーム。綺麗に片付いたワタシの部屋。憧れていた独り暮らしは自由で

短編小説『わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』第02話 耳をつんざく攻撃的な音色

 講堂に続く廊下を、独り歩いている。  みんなサークル活動に出払っているのだろうか、誰ともすれ違う事がない。講義が終わるといつもすぐに学校を出てしまうから、こんな時間に廊下を歩くのは久しぶりだ。慣れない雰囲気に戸惑ってしまう。  廊下の窓の外に、大きな銀杏の木がある。夕日を浴びて金色に輝きながら、はらりはらりと葉を散らしている。風に吹かれて、何枚かの葉が窓から舞い込んできた。一枚を拾い上げ、指先で茎をよじるように回してみる。  銀杏の葉って、こんな形をしていただろうか……。何

短編小説『わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』第03話 罵られるだけでイッてしまうイヤラシイ女

 学食でお昼を済まし、午後の講義までの時間をどうやって潰そうかとぼんやり中庭を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。 「モエ発見!」 「え? サキさん!?」  唐突に肩を組まれて驚いてしまったのだけれど、相手がサキさんだと知って安堵した。同時に先日の軽音の部室での出来事がよみがえって赤面してしまう。 「さん付けとか堅苦しいな。呼びタメでいいよ」  他人を呼び捨てにしたことなんてないワタシは、そんなことを言われてもためらってしまう。 「ほら。あたしの名前、呼んでごらん?」

短編小説『わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』第04話 たわれるように舞う二匹のジャコウアゲハ

 ひとしきり燃えたあと、シーツに包まってサキの腕に顔を埋める。  首筋に回された彼女の細い左腕はとても手触りが良くて、いつまでも撫でていたくなってしまう。手首から肘へゆっくりと前腕の内側を撫でると、指先が微妙な凹凸をとらえる。その凹凸は彼女の腕に描かれた蝶のタトゥーで、この蝶をを撫でたり、頬ずりをしたり、キスをしたりするのが好きなのだ。 「サキのタトゥー、好き……」 「可愛いでしょ。お気に入りなんだ」  たわれるように舞う二匹のジャコウアゲハ。一目で魅了されてしまった。蝶の羽

短編小説『わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』第05話 ワタシとヤリたい?

 黒く染まったカサブタがはがれ始める頃、サキが部屋に来てくれた。  顔を合わせるのはもう、十日ぶりになるだろうか。ワタシたちはお互いのタトゥーを舐め合いながら、久しぶりに一つになった。  肌の温もりは不思議だ。いつも感じている孤独や焦燥そして自己嫌悪が、肌を合わせているときだけは無くなってしまう。サキと肌を合わせている時のワタシは、きっとワタシじゃなくて、サキと混ざりあった別の存在としてそこに在るような気がする。けれどもそんな中途半端な存在じゃなくて、ワタシはサキになりたい…

短編小説『わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。』第06話/最終話 ワタシは花瓶。呪文のように言い聞かせる。

 やがて男は鼻から舌先を離すと、ワタシをベッドの上で四つんばいにさせた。そして手の平ではなく、肘で体を支えるように命じた。結果ワタシは、高々とお尻を突き上げる格好で四つんばいになった。  男は壁の鏡に頭を向けるように命令すると、自分は後方の椅子に座った。男の位置からだと、高くかかげたお尻の穴が丸見えになってしまう。そう思ったらお尻にむずがゆさを感じて思わず身をよじってしまった。 「動くなと言っただろ」  静かに言うと男は立ち上がり、大股でベッドに歩み寄ってくる。そして大きく拳