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環状線外回り

あたしは少しあたまのいい振りをして
ガタンゴトン
電車に揺られる。

いつもいじっている
ゴテゴテのスマートフォンはバックに沈めて

小さな文字の並ぶ文庫本を手に
あえてカバーもかけてない

太宰治の「人間失格」。
ね、いかにも文学少女って感じでしょう。

環状線外回り

ぎりぎり滑り込んだバカな高校に行くために
毎日3駅、

外回りにガタンゴトン。

あたしが降りる一駅前の停車駅
そこでは左のドアが開きます。

だからあたしは決まって右のドアの横

空いてれば座るし
空いてなければ立ってるし

大事なのはその1㎡の中にいること

1㎡の中で真面目なあたしを保つこと

学校の友達からは
こんな姿絶対に見られたくないわ。

本当の自分をかくして
環状線外回り

大丈夫、
こんな人混み、見つかりっこないんだから。

「次はーー駅。ーー駅。
左側のドアが開きます。ご注意下さい。」

何年も掛けて作り上げられた
イントネーションで
車掌さんは放送する。

あたしはこっそり息をのんで
太宰治を掴む手に力をいれた。

プシューーーーーーッ

機械音が響いて扉があいた後
どこかへ向かう人の波と波が交差する。

彼は、
来るだろうか。

今日もあの扉から

「、でさ、その新作がすごくよかったんだ。」

「まじか、俺も読みてーな!」

「僕、買ったから貸すよ。」

あぁ、


自分のことを「僕」っていう男子なんて
絶滅危惧種だと思ってた。

あたしの学校にいる
ミックスベジタブルみたいなヤツじゃなくて

真っ黒なさらさらの髪
少しの寝癖

彼は「勝ち組」の称号、
チェックのブレザーを身にまとう。

今日もいつもの友達とドアの前に立つ彼。

1メートル。
彼との距離。

彼を見つめられるのはたったの一駅間。
時間にしてほんの数分間。

その数分間に
自分を偽る意味が、あたしにはある。

少しでも真面目に見えるように。
彼の目に不快に映らないように。

「次はーーー駅、ーーー駅。
左側のドアが開きます。ご注意下さい。」

来た、

椅子を立ち上がって
彼の立つ横のドアを通るこの瞬間。

太宰治が手の中で汗をかいた。

ほら、3、2、1
最後の一歩。

彼との距離1センチ。

ガタンゴトン

「あっ。」

今日初めて「いつも」と違う出来事。

手から、汗をかいた道化が滑り落ちた。

「あっ。」

あたしの声を追いかけて2秒
彼も小さく声をあげた。

ガタン


彼の指が、道化をつかんで
あたしの方へスッと伸びる。

「はい、難しいの読むんだね。
それ僕には分からなかったよ。」

ゴトン

死にたがりの道化は
あたしに生きたことへご褒美をくれた。

「あ、ありがとうございます。」
そう、俯いて呟くのが精一杯だった。

だけども。

やった。やった。やった。
繰り返す、喜びの咆哮。
心は夏フェスの人間たちより跳び跳ねた。


あんたは人間失格なんかじゃないよ。
あたしの手元に届いてくれて
ありがとう。

ガタンゴトン

彼を乗せて電車は走り出した。
あたしの心を踊らせたまま。

次は
環状線外回り、
少しだけ乗り過ごしてみようか。

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