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よくばり

あぁ、まるで玩具屋のこどもだ。

ショートケーキにチーズケーキ、
チョコレートケーキにフルーツタルト
ぎっしりとならんだ好物を食い入るように
彼女は見つめている。

ケーキ屋のショーケースの前。
しゃがみ込んでかれこれ5分。

僕はその彼女の少し丸まった背中を見ながら

奮発して新調したという
白いワンピースが汚れてないだろうか、

そんなことを考えていた。

「あぁ、やっぱ王道ショートケーキ
いやでもチョコレートクラシックも捨てがたい
うーん、タルトってなんでこんなに…」

呪文のように彼女から出てくる言葉は
耳のなかで甘く溶けた。

少し高めの彼女の声。

「あーもぅ、決めれない!ショートケーキもチョコレートケーキも食べたいなぁ。」

ため息をつき、
見つめていた彼女の小さな肩がさらに小さくなった。

「両方買って半分こしたらいいんじゃない。」


喉の渇きから残暑を感じつつ、僕は提案した。
沈黙を守り続けた口がパサついて不快だった。

あぁ、帰ったら炭酸が飲みたい。

「そうだ!そうだよね!
選べないもん、両方買っちゃえ」

決心がついたのだろう。
スクッと立ち上がった彼女は
店員さんに注文を始めた。

「よくばり」

ケーキをつめてもらっている時間、
彼女の背中に向けて
小さく呟く。

彼女はいつもそうだった。
優柔不断、かつ少しよくばり。

「さっ、ケーキも買えたし行かなきゃ。」

「あぁ、面会時間も決まってるしな」

カランコロンカランコロン

先月から幾度となく聞いたこの音
あと何度聞くことになるのだろうか。

病院から程近いケーキ屋のドアチャイム

「でももうすぐ退院できるみたいで
ほんとによかったぁ。」

ほっとした顔のテンプレみたいな表情で
彼女は笑う。

「あいつが事故って聞いたときは
死にそうな顔で泣きじゃくってたもんな」

からかうようにそう言うと

「もぅ、その話しはしないでって
いったじゃん。ほんとに秘密だからね!」

頬を膨らまして顔を歪めた彼女。


そんな顔も可愛いと思う僕は
もう戻れないところまできてしまっている。

「ほんとに面会行かないの?
あいつも会いたいんじゃないかな。」

「俺は昨日いったからいいんだ。
母さんから買い物も押し付けられてるし。

それに、あいつも二人の方が喜ぶしな。」

最後の一文を喉から絞りだして呟いた。

「ふふふっ、なにそれ」

そんな顔で笑うなよ。
幸せで
幸せで仕方がないって、そんな顔。

僕だけが知っていたはず、なのに。

「じゃあ、あたしはここで」

あいつは退院したら
彼女に告げるつもりだということを
僕は知っている。

「好きだ」と。

僕が何年も口に出せなかったその言葉を。

「あぁ、いってらっしゃい」

彼女がよくばった二つのケーキ。
それを半分こする相手が僕だったら
どんなによかっただろう。

小さくなる彼女の背中を見送りながら思う。

あぁ。

彼女が笑うこと全てが
僕に関わることだったらいいのに。

彼女の笑顔が
僕にしか見えなければいいのに。

どうしようもない想いが
僕の心を占領する。

気づいたらいつの間にか
よくばりは僕のほうになっていた。

でも
この前三人で話したとき
あいつが語っていた

「女の子の白いワンピースは最高」

それを覚えていたから。

そしていつもはズボンばかりの彼女が
白いワンピースを買ったから。

僕は見送るんだ。

その白いワンピースを
あいつより先に見てやったと
そんなクソみたいな優越感にひたりながら。

そう、いつも僕は
意気地も無いのに、少しよくばり。

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