水樹奈々「アンビバレンス」における「決別の決意」について

はじめに

つい先日、「NANA MIZUKI LIVE GALAXY 2016 -GENESIS-」がYouTubeにて配信されました。
水樹奈々史上二度目となる東京ドームライブの初日公演。「GENESIS」では2016年の新曲以外では、デビュー年である2000年〜2007年の楽曲のみを披露すると公表されており、古参大歓喜だろうと前評判が立っていました。
実際、「GENESIS」公演では久しくライブで歌われなかった楽曲が連発し、イントロが流れるたびに悲鳴が上がる、といった様子でした。

まだ動画公開中なので、期間内にぜひご覧ください。

本日語るのは、配信中に幾人もの心を奪った「アンビバレンス」(動画53:30〜)の歌詞についてです。

なお、この記事はななしさんの『水樹奈々「アンビバレンス」の"私"はなぜ「泣きじゃくる」のか。』に触発されて書いています。久々に筆を執るきっかけをいただいたことに感謝を捧げます。

◆前提:楽曲紹介

本題に入る前に、まずは楽曲の紹介を。
「アンビバレンス」は2016年に発売されたアルバム「SMATHING ANTHEMS」14曲目に収録された楽曲です。

ジャジーな曲調に、どこか物憂げでありながら艶っぽい水樹奈々の歌声が非常にマッチしており、大人の雰囲気を醸し出しています。
2018年に行われた「LIVE GATE」初日でスガシカオさんとデュエットしたことは記憶に新しいですね。男女で歌うことで曲の世界観がより強固になり、非常に痺れました。

「アンビバレンス」は男女の別れを歌う曲ですが、これまでの男女の関係性や、別れることになった決め手など、詳しいことは語られません。非常に解釈の余地がある楽曲です。
次からは歌詞を読み解き、どのような心の動きで決別に至ったのかを考えていきます。

◆「アンビバレンス」の歌詞解釈

窓辺に映る夕闇
あなたの肩にもたれて
優しい嘘ならば もういらない
今すぐドア開けて

冒頭4行。どこかの部屋の中、窓際で寄り添うように座る男女の姿が目に浮かびます。しかしロマンティックな雰囲気が漂う中、女性は男性がつく「優しい嘘」を拒絶し、部屋から出ていって欲しいと突き放す。

答えを出せないまま 季節は巡るの

続くこのフレーズは現在や未来のことではなく、過去における時間の経過を示しているのだと思われます。「答え」=男性との関係の決着に踏み切れないまま、いくつもの季節を過ごしてきたようです。
この「答え」の具体的な内容に関しては、次で触れます。

『たとえばこの地球(ほし)の
片隅で二人がずっと
暮らせるのなら何もいらない』
まるで子どもみたいに
泣きじゃくる私をただ
抱き寄せたその手には二度と
触れられないとわかっている good-bye

1番のサビに入りました。『』はもとの歌詞にはなく、女性の言葉を分かりやすくするために付け足しています。
冒頭で男性を突き放した女性でしたが、一転して男性に泣き縋ります。「地球の片隅で二人がずっと暮らせるのなら何もいらない」──一見、情熱的なプロポーズのようにも聞こえる言葉。そう言った女性のことを男性は抱き寄せます。プロポーズへの返事なのか、単なる慰めかは分かりませんが、好意的な行動であることは間違いないでしょう。
しかし、女性はそんな男性の「手には二度と触れられない」ことを予感しているのです。一体、何故か?

女性の心情を理解するために、「地球の片隅で二人がずっと暮らせるのなら何もいらない」という言葉をもう一度見てみましょう。
小さな部屋の中にいながら、いきなり「地球」規模の話に拡大しました。それでいて、続く言葉は「片隅」です。
時に「世界を全部あげよう」なんて歌い上げる水樹奈々の曲にしては、なんともささやかに聴こえます。

そう、ささやかな願いなんです。「地球の片隅で二人がずっと暮ら」すなんて。恋愛関係にある男女のハッピーな思考なら、世界の中心で愛を叫ぶくらい言っても良いものなのに。
けれど、そのささやかな願いすら叶わないから、女性は子どものように泣きじゃくる。

男女ともまだ好意があることは、お互いの言行動からも分かります。嫌いになったわけではないのに別れなくてはいけない。その事情とは何でしょうか。
いろいろな可能性があると思いますが、2つだけ挙げてみます。

①男性に他に好きな人ができた
②男性が既婚者で女性とは不倫関係にある

①の場合、冒頭の「優しい嘘」は「君だけを愛してる」「ずっと一緒にいよう」など恋人の言行動全般が当てはまりそうです。
「答え」は身を引いて別れるか、付き合い続けるのか……男性の気持ちが徐々に離れていっていることに気付きながら、関係性が変わることが怖くて何も切り出せず、時間だけが過ぎていったことが読み取れます。
「地球の片隅で二人がずっと暮らせるのなら何もいらない」というのも、このままずっと隣にいてほしいという純粋な願いのように聞こえますね。それでも男性の気持ちを尊重したり、自分の辛さに耐えられなくなったりした結果、とうとう「good-bye」と決定的な言葉を言ってしまった。

一方②の場合、「優しい嘘」は「君を一番愛している」「妻とは別れる」辺りでしょうか。こちらも「答え」は別れるか、関係を続けるかの二択となります。
この解釈だと、「地球の片隅で二人がずっと暮らせるのなら何もいらない」という言葉がすっと理解できます。こう願うということはつまり、現状では「地球の片隅で二人がずっと暮ら」すことすらできない=世間的に許されない関係だと捉えることができるからです。
だからこそ、女性はプロポーズのような言葉を吐きながらも、それが決して叶わないことを知っているから、抱き寄せる男性に対して決別を告げたのでしょう。

お互い好きなのに別れる理由なんて、世の中にたくさんあると思います。ここの解釈の自由度が高いからこそ、いろいろな楽しみ方ができる曲だと思っています。

おざなりな台詞並べ
曖昧に時が過ぎる
正しいことなんて もうわからない
今更遅すぎるけど

ため息消せないまま 夜空を見上げた

曲は2番に移り、女性が「good-bye」と告げた後、なんとも据わりの悪い時間が流れます。
「正しいこと」とは、別れるか/別れないかの「答え」のことだと推察できます。自分が本当はどうしたかったのか、どうするべきだったのか、自分自身でももう分からない。それでもすでに「good-bye」の言葉は放たれた。覆水盆に返らず。
そんな迷いと少しの後悔が溶け込んだため息が、夕空からすっかり暗くなった夜空に消えていきます。

『たとえばこの地球(ほし)で
巡り逢えたことはきっと
偶然じゃない そう信じてる
だから後悔しないよ』
微笑んだあなたをまだ
忘れられず愛している
いつか思い出に変わる日は来る?教えて

2番サビにも1番同様、男性の台詞と思しき箇所に『』をつけています。
ここは読んだまま、という感じですが、女性が泣きじゃくって愛を伝えていたのに対して微笑んでいる男性、なんとも余裕な態度ですね。
「巡り逢えたことはきっと偶然じゃない」「だから後悔しない」なんて言葉、迷いながら別れを告げた女性に向けるには、いささかロマンチックが過ぎます。

どうか振り向かないで 見送らせてここから

さてCメロ。歌い方も抑揚が強く、ぐっと胸にこみあげるものがあります。
女性が「振り向かないで」「見送らせて」と言っていることから、男性が1人で部屋を立ち去ったことが分かります。
少し前まで2人並んで夕空を眺めていた窓。その前に1人立ち、小さくなっていく男性の背中をじっと目で追う女性。

彼女の「振り向かないで」という思いは、果たして本心でしょうか?

振り向かないでほしいのは、別れる決心を鈍らせたくないから。振り向かれてしまったら、駆け出して追いかけたくなってしまうから。
しかし、振り向いてほしい気持ちも当然あります。「あなたをまだ忘れられず愛している」からです。振り向いてくれれば、すべて投げ打ってついていくのに。そんな焦れた心で、じいっと彼の背中を見つめている。
振り向かないでほしい、振り向いてほしい──そんな相反する気持ちを抱く彼女の胸に、1番のサビがリフレインします。

『たとえばこの地球(ほし)の
片隅で二人がずっと
暮らせるのなら何もいらない』
まるで子どもみたいに
泣きじゃくる私をただ
抱き寄せたその手には二度と
触れられないとわかっている good-bye

思い出すのは、先程この部屋で彼に泣き縋った自分の言葉。紛れもない本心から出た、ささやかな願い。それでもその願いは叶うことなく、見つめる彼の背中はどんどん遠くへ行ってしまう。「その手には二度と触れられない」ことが、予感ではなく現実として突きつけられる。
「good-bye」がラストフレーズであることから、男性が最後まで振り返ることなく去っていったと推察できます。これで本当に2人の関係が終わったのだということを、暗に示しているのでしょう。

◆「アンビバレンス」における「決別の決意」について

タイトルに掲げられた「アンビバレンス」という言葉は、歌詞の中に一度も出てきません。意味を調べてみると、辞書には以下の通り書かれています。

同一の対象に対して、愛と憎しみのように相反する感情を同時に持つこと。(Oxford Language)

「子供みたいに泣きじゃく」った一方で「good-bye」と別れを告げる。
「答え」を出したいのに出せないまま時間ばかりが過ぎる。
「どうか振り向かないで」と願いながら、振り向いてほしい気持ちを捨てられない。

これらの女性の行動すべてが「アンビバレンス」であると言えます。
つまり、タイトルの「アンビバレンス」とは、ままならない恋愛に苦しむ複雑な女性の心情を映した言葉なのです。

だからこそ、自分から別れを告げながらも、未練がましく男性の後ろ姿を目で追ってしまう。

水樹奈々の「ラストシーン」では、同じ「女性目線の失恋ソング」かつ「別れの瞬間を歌っている」曲でありながら、女性の行動が異なります。

今引き返して
あなたの背中追い掛けて
困らせたくないから

「引き返してあなたの背中追い掛け」るという歌詞から、男女が背中合わせで反対方向に歩いていることが分かります。一方、「アンビバレンス」では前述の通り、「あなた」が去りゆく姿を後方から見つめていました。

本当は今だって私の姿
人ごみの中見つけて欲しいけど
もう涙なんて見せちゃいけないね
次の角曲がっていこう

続く大サビでも、「人ごみの中見つけて欲しい」と願いながら、それを確かめるために振り返ることはしません。さらに最後には「次の角曲がっていこう」と前向きな表現で終わっています。
別れた後も男性の背中をずっと目で追っていた「アンビバレンス」とは、文字通り真逆の行動です。

この「アンビバレンス」における同方向の視線・「ラストシーン」における反対方向の視線は、それぞれの決別における決意が表れていると捉えることができます。

まとめると、「ラストシーン」ではもちろん未練はありながらも、未来に向かって歩いており、別れを受け入れることができている。
一方で「アンビバレンス」では女性自身が感情の間で揺れており、そこから一歩も動くことができない。別れをまったく受け入れられていないのです。

今回『水樹奈々「アンビバレンス」における「決別の決意」について』とタイトルを掲げましたが、そんなものはなかった、というのが結論になります。
なかったと言い切ると少し強すぎるものの、吹けば飛ぶようなぐらぐらとしたものであることは間違いありません。
しかし、そんななけなしの決意で告げた別れは、どんなに辛くてもきっと意味があるものだったのだろうと思います。

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