【コラム】「正しく」の難しさと誤解
ふかぼりブログをお読みいただきありがとうございます!
私は”からだふかぼり”の投稿中で、何度か「正しく」という言葉を使っています。
(動きを正しく、正しい動き、など)
この「正しく」は強い言葉だと思います。
ですが、あえて私はこの言葉を使っています。
何が正しいか、と言えば
・からだの仕組みに合っている正しさ
=(結果として) 効率良く動けること=負担なく動けること
・自分で無理せず動かせること。
・自分の体に対して正しいこと。
そして、何か一つのことが正しいとか、
みんな同じようにできること、ではありません。
自分に合うものを目指すゴール(方向性・ベクトル)のような存在です。
理想的な、という方がいいかもしれません・・・
「王道」ともいえるかもしれません・・・
国語でいえば”正しい文法”は存在するし、
料理でいえば”正しい順番”というのは存在するわけです。
薬も”正しい容量・用法”があります。
正しい文法の方が誤解も少なく、コミュニケーションが円滑になり伝わりやすい、正しい順番の方が誰でも美味しいお料理が作れるし、
正しく使った方が薬は効くし副作用も少ないわけです。
では、体の動きにも正しい動き方があってもいいのでは?
そして大事なことは、正しい動きを知ること。
できなくても一度はチャレンジすること。
それから、その方向を目指しつつ、
自分が楽な、自分に合った動きを見つけること、
また、それを続けて、意識を変えること、生活を変えることも大事。
これらはまさに、ピラティスさんが目指した理想です。
付け加えれば、正しくはあくまでも基本的な動きに関して。
基本ができたら、その先の応用はいくらでもききます。
そういうのって、料理や音楽なども同じではないでしょうか?
なんとなくでやっていた料理も、
一度正しい分量、正しい作り方、正しい日の入れ方、
などを習うと、
そこから飛躍的に上達する。
楽しく続けていた音楽も、
正しいハーモニー、正しい楽器の役割、正しい音
を習うと、急に音楽が変わるというように。
なぜかというと、正しいという方向性を一度知ると、
美味しい料理を作り出すのに必要な要素や、
音のちょうど良いバランス、
それに必要な理由などを
理解・体験して意識が変わるから、
ではないでしょうか?
からだでも、正しい動き、楽な動きというのはこういうものだ、
と一度知ることで、基本的な感覚が変わっていきます。
そうすると、さまざまな動作や動きをする中でも動く意識や
方向性が変わってきます。
それが、パフォーマンスの変化につながるのでは、と。。
しかも、正しい動きはからだへの負担が少ないので、
そこから外れない範囲で動く限りひどいトラブルにはなりません。
ただ、一人一人そこに向かう方向性や道のりは違うのです。
料理や音楽もプロというのは人それぞれ個性があり、
同じ名前の料理を作っても、
同じ楽譜を弾いても
人それぞれ違う作品になります。
でも、美味しいし、美しい。
なぜなら基本を外れないからなのかな、思います。
私はそんなプロではない、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
自分の体については自分がプロであって欲しい、そう思います。
自分wellnessは自分で作る♪
からだ深掘り、今後ともよろしくおねがします!
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