【コラム】「正しく」の難しさと誤解

ふかぼりブログをお読みいただきありがとうございます!
私は”からだふかぼり”の投稿中で、何度か「正しく」という言葉を使っています。
(動きを正しく、正しい動き、など)

この「正しく」は強い言葉だと思います。
ですが、あえて私はこの言葉を使っています。
何が正しいか、と言えば

・からだの仕組みに合っている正しさ
=(結果として) 効率良く動けること=負担なく動けること

・自分で無理せず動かせること。

・自分の体に対して正しいこと。

そして、何か一つのことが正しいとか、
みんな同じようにできること、ではありません。

自分に合うものを目指すゴール(方向性・ベクトル)のような存在です。
理想的な、という方がいいかもしれません・・・
「王道」ともいえるかもしれません・・・

国語でいえば”正しい文法”は存在するし、
料理でいえば”正しい順番”というのは存在するわけです。
薬も”正しい容量・用法”があります。

正しい文法の方が誤解も少なく、コミュニケーションが円滑になり伝わりやすい、正しい順番の方が誰でも美味しいお料理が作れるし、
正しく使った方が薬は効くし副作用も少ないわけです。

では、体の動きにも正しい動き方があってもいいのでは?
そして大事なことは、正しい動きを知ること。
できなくても一度はチャレンジすること。
それから、その方向を目指しつつ、
自分が楽な、自分に合った動きを見つけること

また、それを続けて、意識を変えること、生活を変えることも大事。
これらはまさに、ピラティスさんが目指した理想です。

「指示されたほんの小さな事柄でさえも、正確に、指導されたとおりにしてください。それにさえも理由があるからです」
「あなたがエクササイズするときはいつでも正確な動きをするように集中して行ってください。誤った動きをしないように」(そのエクササイズは)毎日の日常的な仕事を楽に完全に行えるような丈夫な体と健全な心を作り上げるためです。

出典:ジョセフピラティス 著 武田淳也翻訳 Return to Life Through Contrology p46-47

付け加えれば、正しくはあくまでも基本的な動きに関して。
基本ができたら、その先の応用はいくらでもききます。
そういうのって、料理や音楽なども同じではないでしょうか?

なんとなくでやっていた料理も、
一度正しい分量、正しい作り方、正しい日の入れ方、
などを習うと、
そこから飛躍的に上達する。

楽しく続けていた音楽も、
正しいハーモニー、正しい楽器の役割、正しい音
を習うと、急に音楽が変わるというように。

なぜかというと、正しいという方向性を一度知ると、
美味しい料理を作り出すのに必要な要素や、
音のちょうど良いバランス
それに必要な理由などを
理解・体験して意識が変わるから、
ではないでしょうか?

からだでも、正しい動き、楽な動きというのはこういうものだ、
と一度知ることで、基本的な感覚が変わっていきます。
そうすると、さまざまな動作や動きをする中でも動く意識
方向性が変わってきます。
それが、パフォーマンスの変化につながるのでは、と。。

しかも、正しい動きはからだへの負担が少ないので、
そこから外れない範囲で動く限りひどいトラブルにはなりません。

ただ、一人一人そこに向かう方向性や道のりは違うのです。

料理や音楽もプロというのは人それぞれ個性があり、
同じ名前の料理を作っても、
同じ楽譜を弾いても
人それぞれ違う作品になります。
でも、美味しいし、美しい。
なぜなら基本を外れないからなのかな、思います。

私はそんなプロではない、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
自分の体については自分がプロであって欲しい、そう思います。

自分wellnessは自分で作る♪

からだ深掘り、今後ともよろしくおねがします!

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