西川士長は四月一日の深夜、ようやく車両誘導の任務から解放された。今やこの倉庫には幾多の兵器が運び込まれた。配備計画などを見る限り、関東に四箇所ほどこういった施設が構築されたらしい。
 倉庫から鉄道を使い、東京にやってきた。東京の摩天楼は幼少期に見たきりで、それ以降は北群馬の片田舎に取り残されていた。これからは、こういう世界が待っているのだろうか。誰が考えたにせよ、これまでの自衛隊生活で最高にクールな作戦だった。
 西川はこの後、一三時間後に議論任務を実行するように下命された。今やこのスマホがすべての支配者だった。スマホに出た情報をもとに、車を整理する、フォームを記入する、質問を入力する、任務を受ける。サラリーマンも、こんな働き方をしているんだろうか。
 微かに地面が揺れて、SNSでは東京でも震度二が観測されたらしい。そういえば、災害派遣があった場合はどうするのだろう。スマホのアプリから、頻出の問答集を開いた。自治体からの災害派遣要請があった場合、隊員の一部帰隊、もしくは作戦の中止が行われるとのことだった。やっぱり、これからも迷彩服を着て、部隊行動はするんだな。西川は奇妙にもとてつもなく安心した。
 じゃあ、銃を持つことは?それもありうるだろう。西川は数時間前に行われた、全体に宛てられた動画配信をアプリで見た。同時視聴者数は9999+と表示されていたので、一万人以上が、おそらく見れない理由があるもの以外の隊員は見たのだろう。
 動画に写ったのは、この東京駅だった。

 なんで東京駅なんかで配信するんだろう。去年まで広報任務を担当していた獅子川二曹は、目の前で話す全体の指揮官に対してそう思った。秘匿性を保つためにも、貸しスタジオでの撮影を獅子川は提案していたが、会議によってスタジオとは全く正反対の、東京駅と皇居を結ぶ行幸通りに決まった。
 東京駅から皇居まで歩きながら、指揮官は熱意を上げて話をまくし立てる。他に二名の隊員が随行しているので、周囲からはなにかの撮影くらいには見えているだろう。別に筋肉隆々という感じではない。メダルを獲得しそうな、マラソン選手のような印象だった。表情はとても豊かで、何度も練習したであろうセリフを喋っている。
 話の内容はまず大脱柵を指揮した理由から始まった。入手された情報によって、隣国が周辺国に軍事侵攻を計画していることが明らかになった。すでに大規模な軍再編が行われ、その最中に大量の資金が裏資金としてプールされていると見込まれている。日本にはすでに長野、東京、広島に工作員がいると見られ、公安警察が目を光らせている。
 これから始まる紛争は、ドローンや無人兵器などが第一線で活躍し、さらに高度に発展した市街地での戦闘も行われると見ている。私達はこのままでいいのだろうか。それを思い返していただきたい。
 そこまでは獅子川も知らされていたが、指揮官はその後、おそらく即興で続けた。
「諸君らは全国に一四万人いる、世界的な大企業と同じ規模、そして全員が職務に忠実な、使命をもとに集まった者たちである。これからの日々、奮闘を願う。以上」
 彼は振り返った。黒い一羽の烏が羽ばたき、その羽音がマイクに入る前に配信を終了した。
「撤収しようか」
 もう指揮官はピンマイクを外しながら、スマホで何かを確認している。今や表情はまた元通り、平静そのままだ。獅子川はずっと、命令を受けるだけの日々を過ごしてきた。脱柵の話を聞いたときも、命令にしたがって広報領域での欺瞞任務を達成した。しかし、命令だけに従うのはいいのだろうか。獅子川は密かな恐怖心を覚え、そしてそれが目の前の男に気取られないように、カメラを丁寧にカメラバックにしまった。

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