<議論任務>とは俗称だが、斎島三曹は的確な表現だと考えている。スマホを与えられてから四日が経つが、一四万人の陸上自衛官のほとんどが議論任務に参加しているので、少しでも目を話すとすぐに議論が深化して問題が解決してしまう。斎島の基本的なプロフィールはすでに誰かに登録されていて、そこには隊歴も記載されていた。議論任務で投稿したものはその隊歴を確認できる。自衛隊の職務は平準化が進んでいるので、共通の前提知識があることが理由として大きいなと感じた。
 今一番白熱している議論は「任務に適切な駐屯地とは?」という問題だった。もともとは「復職後の適切な組織とは?」という問題から派生されていて、そのことがアプリで明記されている。質問発案者の設定により、元の質問はこの問題が解決するまで議論が進まないようになっている。今、常時五〇〇〇名がこの問題を注視していた。
 適切な駐屯地、いわゆる仕事場とはなんだろうか。そもそも安全保障とはなんなのだろう。私達は宣誓のとおり、「我が国の平和と独立を守る自衛隊」にいた。自衛隊を名義上は退職しているので、今は一個人であると言える。
 平和と独立は、どうやって守れるのだろう。それは銃だろうか。斎藤は抑止力について解説している、防衛省のHPを閲覧した。自衛隊は永らく敵基地に対する攻撃能力を保持していなかったが、その保持の必要性を訴える文章だった。要約すると、攻撃できるということが、相手から攻撃する意思を奪うのだろう。それは戦艦でも大量破壊兵器でも同様で、相手がダメージを想像すれば抑止力があることになる。
 斎島は銃を持っていた。それは他の、一四万人の陸上自衛官も同様で、ミサイルや戦車や迫撃砲を運用していた。彼らがいない日本。安全が保証されていない国。
「駐屯地とは、高価な兵器を保有している箱に過ぎないのでは」
 ある投稿に、集中的な反応がついていた。投稿者は会計科の三佐だった。現代戦では要塞に価値はない。機動こそが、迫りくる弾を回避する手段であれば、駐屯地は絶えず移動させたほうがいいのでは。
 斎島はその三佐の案に驚愕した。三佐は市ヶ谷以外の駐屯地を秘匿させる案を提案したのだ。彼は長文を投稿した後、彼らは「私服の軍人」になるだろうと締めくくった。
 斎島はなにか書かなければならないと感じて、投稿を読み返した。なにか、肯定でも否定でもいい、なにか反応しなければならない。陸上自衛官として。陸上自衛官として。
 

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