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2. 悪夢

 夢の中、店の前、横転した列車、それを眺める佇む人々。白いスポーツカーが横切ろうとして、先頭車両を掠めた。ネガティブな夢が混ざっているかもしれない。時折、悪夢を見る人がいて、その夢が周囲に伝播することがある。列車内には何もいないようだ。もしくは、覗き見る人しか見れないようになっているのか。
「殺人事件があったらしいよ」
 子どもが俺の手を掴み、話しかけてくる。これもよくない兆候だ。夢の内容は、自分で決めることができない。現世と同じく、巻き込まれ、その中でもがくことになる。
「いや、俺は見ないよ」
 子どもは手を話した。俺は列車から離れ、公園を目指す。公園は共通の夢の中でも、悪夢が発生しないことで知られていた。一周10分ほどの公園には多くの人が集まっていた。
「悪夢にやられたか?」人々に水を配っていた男が聞いた。
「いや、すぐ逃げてきたんだ。誰の夢かわかる?」
「まだ誰の夢かわかってない。最近は投薬治療とかされるんだろ」
「感情が周囲に伝播するからな」俺は皮肉った。悪夢の保持者は大学の研究グループから医療機関に情報が伝えられ、カウンセリングや投薬を強制されると話題になっていた。すでに現世の方でもニュースで流れ、問題視されている。とはいえ、実際の夢の体験者にとっては切実だ。俺も悪夢に何度も遭遇したが、極端なものは大勢の心を破壊しうる。
「なぁ、作れるのか?」
 男は肯定する。
「バイクが欲しい」俺は胸ポケットから写真を出した。
「なんだ、作れるんじゃないか」
「俺は写真だけなんだ」
 うしろ、と男は言った。写真の通り、青の国産バイクが現れる。写真は消えていた。俺が、もう不要だと思ったからだ。
「あの列車は俺が昨日起きる、7時にはあった」
「そうか。軍の奴らが来たら伝えておくよ」
 バイクにはキーが刺さっていた。フルフェイスのヘルメットを手にとって、被る。夢の中なので、重さはそれほど感じないし、俺は運転もしたことがないバイクを難なく乗りこなす。全ては俺のイメージ通りだ。
 バイクは発進して、空いている道を進む。大津と研究チームが名付けた、大きな湖がよく見える。だが、研究チームは誤解しているが、この湖は全く琵琶湖に似ていない。パステルカラーのような湖の中央には白いヨットが、水彩画のように浮かんでいる。
 移動時間は省略されて、俺は線路にたどり着き、駅を見つける。まだこれは研究チームにも話していないが、ずっと感じていることがある。この線路や駅は過去にもあったのだろうか。それとも、夢の中で、俺が望んだから現れて、俺が去った後は消え去るのか。そうであれば、こんな下らない世界はないなと感じる。ただ見るために現れて、消えるだけ。
 駅に、特徴的なモスグリーンのトラックが停まっている。運転手は俺に気づいて、タバコを地面に放った。
「最近、夢でしかこんなタバコ吸えないよな。起きている間にタバコを吸わないと、味を忘れそうになるけど」
「軍の人かい」
「起きている間は飛び込み営業をやっていて、こういう小話で相手の懐に入っているんだよ。探索軍だよ」
「コード0992」
「俺は軍隊的なことは嫌いなんだよ。用件は?」
「王都で<真相>が、北に隠れているって話が広がって、王都中の人が北に向かったらしい」
「あんたに伝えたのは?」
「大学チームB班のヨコタ」
「はいはい」
 運転手はラップトップを取り出して、なにか操作した。
「なぁ、軍って研究チームにも渡していない情報があるんだって?」
「そんなの、都市伝説だろ。軍っていったって、形式だけだよ。夢の中で序列をつけてるだけ」
「人の名前を調べてくれないか」
「名前は?」
「猫川彩音」
「はいはい…軍って言ったって、ただの役割さ」
「探索軍は政府から給与が出てるだろ」
「協力費程度じゃなんともならんよ。俺たちは全員、現世と同じく、役割を演じるだけ」
「夢の中は自由なのに」
「役割があったほうが楽なんだよ。それがないと暇で、不安になってしまう…5日前、観光地で悪夢を出したやつの供述に名前があるな」
「どんな」
「関連人名しか出てこない。現地に行かないと」
「どんな悪夢なんだ?」
「やけに知りたがるな。猫川さんに起きている時、聞けないのか?」
「疎遠なんだよ」
「悪夢はこんな具合さ」
 運転手は悪夢の顛末を話し始める。俺はメモを取りながら、彩音の痕跡を探している。

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