「ヒモ女師匠とお守り役のボク」第3話


 右城蔵荘の入り口脇にある管理人室。名前札で「火枕沈かまくらしずみ」と下がっている。
 沈が「月刊 秘奥伝」を読んでいる。表紙には『幻の伝書、見つかる!』『合法に熊と戦う方法』『冬場の滝修行スポットランキング』など変な見出しばかり。あくびしている沈。

沈 「番付、更新か」
「あいかわらずあの馬鹿可耶はトップ」
「そんであの不出来な弟子は」
順 「ぐえっ」窓の外から響いてくる悲鳴
可耶 「はい順くん負け~」

 沈が窓から見ると、空手着姿の男が正拳突きの姿勢であぜんとしている。視線の先には殴られて吹っ飛んだ順。

空手男 「え、あの……阿取可耶の弟子ということで加減しなかったんですが」
「その、失礼ながら……本当にお弟子さん?」
可耶 「弟子入りして1年になるかな」
空手男 「1年間なにをしてたんですか?!」嘲りではなく驚き顔で
順 「素直な疑問が心に突き刺さるぅ……」
沈 「……あいかわらず番付上がってねーな、ありゃ」
「ふわぁ、眠て」

 場面転換。玄関の上がり框に腰かけ、団子を食べている順。その横で団子をあてにして日本酒を一升瓶で飲んでいる可耶。管理人室の小窓から頬杖ついてそれを見ている沈。

沈 「っとに弱ぇーよな、順」
「お前、『相手が見てない時』に打たないと【点穴】は効果発揮しないんだろ?」
順 「……はい」
(【点穴】は相手がソコを意識してない時に打たないと効かない)支倉戦を回想
「だから毎回、相手の視界を遮ろうとするわけでして。」
沈 「正面から戦うなんてそら無理だろ」
「番付上げようなんざ、あきらめた方がいいんじゃねーのか」
順 「うぐぅ」団子が喉に詰まったような顔
「そんなひどいことを言わなくても」
沈 「夢見るのは結構だがよ」半目
「身の丈と適性ってモン考えとかねーと痛い目見てからじゃ遅いぞ」
順 「……こればっかりは、やりたいことなので」
「譲れないです」
沈 「あっそ。めんどくせーなお前も」
「決めたことなら見守るしかねーけどよ」
可耶 「大家さんは面倒見いいよね~」グラスにお酒注ぐ
沈 「お前がテキトーすぎるんだろ可耶」
「誰か育てようと思うんなら、適性とか見極めろ」
「一度決めたんなら、ちゃんと責任もって面倒見ろ」
順 「そんな犬猫みたいに」
沈 「可愛げあるぶん犬猫の方がマシだ」
可耶 「大家さんきびし~」
沈 「手間かかるぶんお前は順以下だ。酒やめろ、今日何杯目だそれ」瓶とりあげる
可耶 「ああああ。せめて、せめてこの一杯はゆるして……」

 すがりつく可耶を蹴りながら沈は瓶を抱え込んでいる。これを見て思う順

順 (大家さん──火枕沈さんは、この右城蔵荘で唯一の「戦えない人」らしい)
(だからなのか一番リアリストで一番お金にシビアだ)
「そして一番、発言力も強い」
沈 「なんか言ったか須川順」
順 「いえ、なにも……」

 可耶から酒瓶を奪い取ってふんすと息を荒げている沈。
 場面転換。昼時、洗濯を終えた順が物干し場から戻ってくると煙管から煙をぷかぷかさせながら競馬新聞を見ている沈。

順 (実際、ほんとうに大家さんは面倒見がいい)
(戸籍もなく年齢すら「たぶん十五、六歳?……かな?」)
(という状態だった僕にさらっと身分証をくれて)
(ここに住む手配までしてくれた)
(戦えないそうだけど、なんというか)
(一番『したたかな』ひとのような気がする)
沈 「んだよ。アタシの顔になんか言いたいことあんのか」
順 「いえべつに」
沈 「ウソつけ。」
「どーせ異常童顔だとか小学生で止まってるとか思ってんだろ」
順 「思ってねーですけど……?!」
(たまに被害妄想気味なときがある)
(煙草吸ってる通り、とっくに成人らしいけど)
(小5の平均身長しかないのを気にしてるらしい)
沈 「っと。お前そろそろバイトの時間だろ」新聞閉じる
「準備してこい。遅れるな」
順 「あっ、はい」
(やっぱり面倒見がいい)

 場面転換。順、自転車に乗って荷物運び。商店街のアーケードで大道芸をしている茨に会う。

茨 「よぉ。順坊」
「バイトか」
順 「ええ。今日も大家さん紹介の配達仕事で」
「茨さんはどうですか」
茨 「見ての通りだ」ほとんど空の投げ銭用帽子
順 「あらら……」
茨 「まあ、こういうときは沈に頼むとなんかしら仕事をくれる」
「さほど悲観しちゃいないがね」よっこらせと店じまいの様子
順 「茨さんも仕事もらってたんですか?」
茨 「順坊。右城蔵荘は社会不適合者の集まりだ」
「儂含め、ほぼ全員が普通の勤め人を1週間以内でバックれた奴らだ」
「沈に頼らんと生活できん」堂々と
順 「ええ……」
茨 「ちなみに儂と伽又は1週間働いたからな。可耶は3日だし御卸は1日だ」
「そこのところ、奴らと一緒にするな」
順 (同レベルじゃねーかな)

 力説する茨を白い眼で見つつ、順は呆然としていた。
 しかしそんな彼を見つつ、茨は笑う。

茨 「だからこそ、沈のことは儂らも助ける」
「なにをさておいても、な」
順 「? はぁ」

 よくわかっていないまま生返事する順。
 場面転換。順がバイトを終えて自転車を、右城蔵荘の階段下へ停める。

順 「今日もつかれたなぁ」
「なのに可耶さん、『お酒没収されたから買ってきて♡』だもんなぁ」
 
 一升瓶を4本、袋に入れて持ち帰っている順。
 
順 「買ってきちゃう僕もダメなのか」
「大家さんならこういう時、真っ向から断れるんだろな」
 
 言いつつ階段を上がっていく。そして管理人室を通り過ぎ、ようとしたところでじーっと沈に見られていることに気づいてビクっとする。
 
順 「うわ」
「な、なんですか大家さん」
「あ、これ? いやその。茨さんたちに頼まれまして」
「べつに可耶さんのぶんってわけじゃなくあのそのえと」
「……あれ?」
 
 弁明をぺらぺらしゃべっていたところ、沈の反応がないことに気づく。
 おそるおそる近づくと、沈は半目をあけたまま椅子に座ってよだれを垂らしていた。
 
順 「あれ?」
「寝てる」
(寝てるとこなんてはじめて見たな)
(いつもくまがあるし、寝不足っぽい素振りは多かったけど)
 
 そんなことを考えながらよだれを拭こうとハンカチを差し出すと、ふっと沈の目が完全に閉じる。
 途端に爆発的に強者の気配が広がり、順が冷や汗とともに警戒に入る。
 
順 「――え」
沈 「……くかぁっ!」
 
 眠ったままで伸ばしてくる両手。あわてて払いのけようとするが、巻き込むような動きで沈の方へ吸い込まれる。そのまま濁流にのまれたように身体をもみくちゃにされ、天井へと叩きつけられる。
 
順 「か、はっ、」
(なんっ、っだこれ)
(大家さんは、たっ、戦えねーはずじゃ)
 
 考えている間に、落下した順へ寝たまま仕掛ける沈。椅子に座ってのけぞったままの明らかに不安定で不利な姿勢で連打を繰り出し、最後は巴投げのように壁に吹き飛ばしキャスター付きの椅子に座ったまま床を蹴ってがらがらと移動し追尾、頭突きを腹に叩き込む。
 
順 「ぉぼぉっ……!」
沈 「……すかー……」寝てる
順 「なっ、なんっ、なんだこれっ」
茨 「おっとまずいな今日だったか」管理人室へ顔を出す
「可耶! 止めるぞ!」
可耶 「はいは~い」
 
 茨の剣玉の糸と可耶、二人がかりで拘束して止める。そこでようやく、目を覚ます沈。
 
沈 「……はっ」
「っべ、またアタシ、暴走を」
「……あー」順がびっくりしているのを見る
「くそ。すまねー……お前に、手ぇ出しちまったのか」
 
 場面転換。めちゃくちゃな管理人室にて四人で向き合っている。
 
沈 「……まあそういうこった」
「アタシは自分の適性を、制御できねんだよ」
順 「適性?」
沈 「【睡拳すいけん】。眠ると勝手に発動するコレを仕込まれたせいで」
「アタシはずっと睡眠不足の人生を送ってる」
順 「あ……じゃあ『戦えない』っていうのは」
沈 「お前と同じだよ順。寝なきゃ発動しねーから正面勝負じゃ使えない」
「だからアタシ、【裏武術番付】の番は持ってねーんだ」
「でも寝落ちた時に触れられたら暴れる性質のせいで」
「弱い奴の近くには住めねぇ」
順 「だからここの大家さんを……」
可耶 「ていうか順くん、大家さんに触ったってことだよね」
「えっち」
順 「やめてくれませんそういうの?」
沈 「ともあれ、マジですまねえ須川順」
「寝ないように気を付けて、そういうとき可耶たちに止めるよう頼んでたんだが」
「しくじった」
「アタシは……ここでの大家の仕事すら、向いてねーのかもな」

 申し訳なさそうな沈を見て、順もやっと気づく。

順 (ああ)
(適性とか身の丈、っていうのにこだわってた理由は、これか)
(自分が、周りに影響を与えてしまう側だから)

 しょげている沈を見つめて、順は意を決する。

順 「それでも」
「『どうしたいか』が大事じゃないですか」
沈 「……え?」
順 「適性はどうあれ」
「沈さんがしたい、と思うことをしていいんじゃないですか」
沈 「結果として迷惑をふりまいてもかよ?」
順 「僕迷惑だって言いました?」
沈 「……!」
順 「まぁ痛かったですけど」
「師匠の教育のおかげか耐えられましたし」後ろで「なにをぅ」とむくれる可耶
「周り頼っても、いいんじゃないですか」
「少なくとも茨さんとか僕とかは、力になりたいと思ってます」

 話を振られて、茨も苦笑しつつ「そうだな」と返す。
 この光景を見てやっと踏ん切りがついたか、沈は笑う。

沈 「……お前らも変わりモンだな。こんな面倒に付き合うなんざよ」
「まあ、そんなら」
「よろしく頼むとすっかな」

 翌朝。寝落ちした可耶と茨と順に囲まれたまま布団で目覚める沈。
 んー、とのびをしながら髪をくしゃくしゃと撫でつけ、鏡を見る。
 これまでと比べて少しくまの薄くなった顔で、にっと笑って寝ている三人を見た。

沈 「おはよ」
「よく寝たわ」

第3話 終

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