「ヒモ女師匠とお守り役のボク」第2話


 過去回想。1話目冒頭、弟子入りを受諾した直後。可耶が痛みを覚えた様子でうずくまる。駆け寄る順。

順 「! まずい、【点穴】を衝かれてる」
可耶 「……【点穴】?」
順 「いや、でも【死結しけつ】は逸れてる」可耶の問いを聞いてない、必死
「これなら死にはしない、けど……」申し訳なさそうな顔

 話している二人の背後で、順の追っ手のうち一人だけが立ち上がる。

追っ手1 「武術家としての力の何割かは奪った、ぞ」

 すっと目を向け、戦闘の意志を見せる可耶。しかし痛みではない違和感に身体を囚われ、己の身を見下ろす。笑う追っ手。

追っ手1 「追うことが、できまい?」じりじりと逃げようとしている
「【死結】は逸れたが【攻進殺こうしんさつ】の点穴に当たった」
「もう貴様は、自分から攻める行動の一切が出来ん!」勝ち誇り
可耶 「でも向かって来る奴を薙ぎ払うことは出来るでしょ?」

 かぶせるように言い、追っ手をひるませる。

可耶 「追えなくても関係ない」
「来るなら、倒すよ」
追っ手1 「くっ……」
「いずれ、死留めるぞ、順」順を睨む
「『一族』を、そう簡単に抜けられると思うな」

 去っていく追っ手。残された順と可耶。可耶は自分の掌を見ている。

順 「……ごめんなさい」落ち込む
「僕のせいで、あなたは、もう……自分から戦えない」
可耶 「よくわかんないけど。でもそれは、私の未熟が原因だから」
「それよりさ。きみの『夢』ってなに?」
「見たところ、さっきの連中と同じ技の使い手でけっこう強いっぽいけど」
「きみはいま以上に強くなって、なにが欲しい?」真剣な目
順 「え?」
「僕は……」
「『護る』強さが欲しいんです」
「誰かを殺すための、じゃなく」
「目の前の誰かを、護るための……」
可耶 「いいねー」笑う
「ただ称号を追うわけでも、幻想を追うわけでもない。いいよ。」
「あ。そういうことなら」
「私、戦いづらくなっちゃったわけだし。よかったらさ──」

 回想終了、現在。
 沈を抱えながら、支倉に向き合っている順。

順 「僕が師匠の、お守り役だ」
支倉 「暗殺、者っ……!」
(【裏武術】の外の連中!)
(正面切っての戦闘力は俺たちと比較にならねぇ雑魚だが)
(『視界の外・・・・』!)笛吹の状態がそうだったと回想
(そこからの不意打ちに関しては、遥かに俺らを上回る……!)
「裏業界の、そのまた闇の奥深くの連中じゃねぇか」
「なぜこんなところにいる!」
順 「こういう時のためだ」
「外法には、外法を」
「師匠と正面から戦わない奴を背後から倒すのが、いまの僕のやるべきことだ」
支倉 「くっ──」
(阿取には勝てねぇし、このガキには背を向けるとマズい)
(ここはひとまず)
「逃げるとするか!」
順 「待て!」
「負けたんだから番札は、置いてけ!」

 とっさに止めようとする順。しかし刀で二太刀、一瞬で目の前に剣筋の間合いを張られて飛びのかざるを得ない。ジャケットの胸元がばっくり割れ浅く血が出る。

支倉 「どいてろ」背中を向けないよう、順を中心に弧を描くよう横っ飛びに逃げる
「阿取にやられてズタボロだろうと。テメェごときがこの俺に」
「不意打ちならともかく正面から勝てると思うな」
順 「だったら──」

 切られたジャケットを脱ぎ、投げつける。同時に足下から砂を蹴り上げ。
 くだらない目つぶしだが怖気を感じた支倉。

支倉 (視界を奪われる!)
(背後だけは絶対にとらせちゃならねぇ)
「溢刀流」
「【水縁みずふち】!」

 片足を軸にその場で鋭く独楽のように右回転し切っ先で周囲を薙ぎ払う。砂もジャケットもばらばらに切り飛ばし、最後に背後へと右片手突きの一閃を放って止まる。

支倉 (手ごたえがねぇ)
(奴はどこだ?)影が差す
順 「僕の狙いが読めてないな」
「『後ろから来るはず』と思い込んだろ」

 正面突破。上に跳躍して視界から消えていた順が人差し指を立てる。支倉はすぐさま左掌底で突き上げて、順の右人差し指を自身の中指と薬指の間に通すようにして止める。

支倉 「串刺しだ」右手の刀を向けようとする
順 「いいの? 後ろ」

 言った瞬間にこつっと背後で音がしたため思わず振り向いてしまう支倉。だが転がるのは石ころ。

支倉 (コイツ、跳躍と同時に上に投げてたのか!)
(最初からこの一撃目は俺に防がせるつもりで、)
順 「左手、もらった」

 左人差し指で肘内・手首・前腕を打つ。しびれが走った様子で支倉は順を離してしまう。

支倉 「ぐあっ、この、ガキ!」
順 「ぐうっ」

 返す刀で横薙ぎ。額を切られて出血する順。向き直り、二人また対峙する。
 だが支倉は順の目の中をのぞきこみ、意味深なことを言う。

支倉 「テメェ……今の動き」
「本当は、殺しにいけたんじゃねぇのか」
順 「!」

 見極められて、すこし固まる順。その反応を見て呆れた様子の支倉。

支倉 「やはりか。お守り役だか知らねえが」
「殺意もねぇクセに戦ってんじゃねえぞ半端モン」
順 「それでも、僕は」
「殺さないで護るって、決めたんだ。」
支倉 「ふん。甘ぇよガキが」

 支倉は鼻を鳴らし、そのまま登場したときの階段へ迫る。
 ザっと身を投げ出し、数段飛ばしに逃げようとする。

支倉 「ともあれ、今日は仕切り直しだ」
「また勝てるときに来させてもら──あああああぁぁ?!」

 と、段の上にぴんと張られた糸に空中で足を引っかけられ、回転しながら転げ落ちていく。
 同時に木陰に身を潜めていた人物がのっそりと現れて、柄の長い剣玉を軽く振るって糸と玉を巻き取ると肩に担ぐ。片手には紙袋があり、たいやきをもぐもぐと頬張っている初老の男性。やぼったいツイードのジャケットを派手な柄シャツの上に着込み、ハンチングをかぶっている。
 右城蔵荘の住人、茨草次いばらそうじ

順 「い、茨さん……」
茨 「仕事あがってきたらよからぬ空気を感じたから」
「とりあえず罠張って殺しとこうと思ったのだが……」
「よかったんだよな?」
順 (雑な殺意!)
「ま、まあ一応」
可耶 「助かったよ~茨」

 頭から血を流して階段の下でのびてる支倉が映り、場面転換。
 時間経過。順と可耶と沈と茨の前で、裏武術関連の者にお縄になって連れていかれる支倉。
 横で笛吹も土下座しており、二人から番札ことドッグタグを受け取っている可耶。
 見送ってから、寂しそうにぼやく。

可耶 「あーあ。番札なくしちゃったね、あの人たち」

 手の内にある十一と五五の札を見る。

順 「なくすとまた、一番下からやり直しなんですよね」
可耶 「そ~。」
「それに『そういうことしたやつ』って評判が立つと当然、」
「周りの目線は厳しくなる」

 当然の処遇だが、わずかに同情的な目をする順。

沈 「ばかな奴だな」
「仮にこれで天ノ番を奪ったとして」
「可耶に勝てねーやつが番を護れるワケもねぇのに」
茨 「一時でも天ノ番を手にすれば名が売れる」団子を口にくわえている
「ネームバリューで流派の名を高めて商売する連中にとっちゃ」
「奪われること込みでも、なお魅力的なのだよ」

 並んでそんなことを言う彼らの横で、連行されていく笛吹と支倉を見る可耶と順。

順 (武術もいまはビジネス)
(そういうことを考えたとき、わかりやすいのがこの天ノ番だ)
可耶 「あーあ」
「なんでみんな、そんなに地位を欲しがるんだろうね」
順 「負けてもよかったみたいに言いますね」
可耶 「よかったよ? 負けても。」
順 「え」
可耶 「あの人、『生き残りの術だ』『その証明のために来た』って言ってたでしょ」
「人質も兵法だよ」
「負けたらそれまで。私が未熟だっただけ」
順 「いやでも……卑怯ですし」
「服破いたのだって、必要なことでもないのに」
可耶 「私が逃げにくいように、動きにくくなるようにするのは自然じゃない?」
「勝つための手だよ。否定はしない」

 平然と言う可耶の目には光が薄い。順は少しだけ怖気を覚えた様子。

可耶 「ただ、負けてもいいけど負けたいワケじゃないし。」
「大家さんに万が一があってもいけないしね~」
「だから順くんが動けるようにひと肌脱いだの。」
「あれなら確実に場の全員の目線奪えるから」
「そしたら、順くんがあとはなんとかしてくれるでしょ?」
順 「そりゃ、まあ……護ります、けど」
可耶 「だったらいいじゃん」

 大した事でもないように可耶は言う。その顔を見て、順は思う。

順 「師匠は、どうしてそうまで僕に任せてくれるんですか」
可耶 「んー? それはね。私も変わりたいからだよ」
「きみが強くなりたいように。私もなりたいものがあって」
「そのために誰かの師匠になりたかった」
「で、どうせなら自分の気に入った奴を弟子にしたかった」
「そんだけ」
順 「そうですか」
可耶 「期待してるんだからね、順くん」

 ばしばしと叩く可耶。むせながら、順は思う。

順 (僕はこの人を護らなきゃいけない)
(でもそれはもしかすると)
(『この人自身からも』なのかもしれないと)
(そう思うのだった)

第2話 終

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