「ヒモ女師匠とお守り役のボク」第1話

じゅん(──『死』に、追いつかれた。)
(僕の命はもう、残り十数秒だろう)

 脚に刺さる針を見て、須川順すがわじゅんはそう思った。
 地面にうつぶせになった小柄な身体は重い。ショートジャケットとシャツを着た胴からのびる七分丈のカーゴパンツを穿いた左太腿に、針が突き立っている。そこから這い回る茨のように神経図が全身へ伸び、彼の身体の自由を奪っていることを示唆する。

順 (【点穴てんけつ】を衝かれた!)
(神経がやられて脚が動かない)
(全身も──重い)
追っ手1 「てこずらせおって」吐き捨てるように
追っ手2 「だがこれで終わりだな」
追っ手3 「死んでもらおう」

 似たようなごく普通の服装の三者。だが針を構える手つきと目つきだけが同じ。

順 (ああ、僕の『夢』は断たれる)
(こんなに、あっけねーものか)
(そう、思った)

 順は歯噛みして自分の不運を呪う。もう助からないことを覚悟して目を閉じかけた顔。
 そのとき、吹き荒れる風。悲鳴をあげて吹き飛ぶ三人。あぜんとして順は目を見開く。

順 (──でも、)
(僕は死ななかった。)
(現れたのは、ひとりの女の人)

 追っ手三人を投げ飛ばし、その中央に悠然と立ち尽くす。手足は反撃の針を食らってしまったのか数か所を貫かれており、黒髪を一束に結って鎖骨へと垂らした女性。阿取可耶あとりかや
 年の頃は二十代そこそこ、ボタン留めのオフショルダーブラウスからメッシュのパフスリーヴが伸び、裾にレース地をあしらって透け感のあるロングスカート。ミュールはかかとも低い。
 それでも順よりわずかに背丈があり、165センチほどだろうか。ゆらりと、投げ飛ばしたモーションの残像を宿す針だらけの両腕をそっと胸元へ引きつけつつ順を見る。

順 (その強さ、かっこよさを見たとき)
(僕のなかでなにかが弾けた)
「あのっ」
可耶 「?」
順 「叶えたい『夢』があるんです。強くなりたいんです」
「僕に──あなたの技を教えてくれませんか?!」必死の形相

 驚いたように目を見開く可耶。けれどすぐに、にぃっと笑みに変わる。

可耶 「んー……」
「ヒモになる方法なら、教えられるけど?」
順 「……え――」ドン引き顔
(それが、出会いだった)
(僕と──『最強』の武術家である、師匠との。)

 場面転換。
 1年後。二階建てのぼろアパート『右城蔵荘うしろぐらそう』の前。住宅地のなかにあって無駄に広い庭へ池や桜、梅、金木犀など季節の花の木を揃えた土地。生垣にはCAUTIONのテープが張り巡らされ立札に「この先、裏武術仕合場(責任とりません)」と書いてある。
 片隅に、様々な流派の看板が綺麗に並べられた一角がある。そこを掃除している順。

順 (――【裏武術】というものがある。)
(外道である暗殺術をのぞいたあらゆる武術の達人が)
(決められた仕合場限定で競い合うという業界だ。)
(そこで認められた者は、裏社会での立場を約束され)掃除を終える
(闇の歴史に名を残すという)
(……出会ったあの日から1年)
(僕は【裏武術】に挑むべく 師匠と日夜きびしい修行に明け暮れて──)
「いなかったぁぁ!」

 頭を抱える順の前、薄暗く汚く散らかった部屋の中でぐーすか眠っている可耶。しあわせそうに酒瓶を抱いて万年床の上で横になりよだれを垂らしている。そしてねぼけ眼で起床。

可耶 「……む。順くん、おはよ」
「ってなんだまだ10時じゃない」
「昼ごはんできたら起こして」ばたんと倒れ伏す
「師匠、今日はチャーハンを所望」
「あとそのへんに昨日の服脱いであるから洗濯しておいてほしいな」
「ゴミもまとめるまではやっといたので、捨てるのヨロシク」
「じゃ。スヤァ……」
順 「スヤァじゃねーんですよ可耶さん」
「今日は稽古つけてくれる約束だったでしょ!?」馬乗りで襟つかんで揺さぶる
可耶 「あああああぁ、やめて、吐く、世界、まわる」
「師匠二日酔いなの──うっぶ、」
順 「ちょっ……、吐くのはやめっ、手洗い行け手洗い!」
(こんな、家事すべてを他人に頼るダメダメな生活ぶりのお守りに追われて)
(僕はほとんど、可耶さんの技を学べていない)

 時間経過。掃除の済んだ可耶の部屋でちゃぶ台を挟む二人。可耶は味噌汁をすすっている。順は正座して鍋におたまを突っ込んでいる。

可耶 「あー生き返る。やっぱ酔い覚めは赤出しだねぇ」
順 「……ああそうですか」
(くそ)頬赤らめ
(毎度のことながら目覚め方は最悪だけど)
(薄着だから、落ち着いてくると目のやり場に困るな)ほぼスリップ一枚の可耶
可耶 「で、なに。今日って稽古日だっけ」
「花金でしこたま飲んだ翌日はしんどいんだけどなぁ」頭をぽりぽり
「……まいいや。じゃ千円出して」
順 「なんで……」と言いつつ左手で千円を財布から出す順
可耶 「稽古に使うだけだよ。さ、こっち出す」一瞬だけ細く冷たい目
「いまから、引っ張るよ」

 言われてこわばる順。
 だが可耶は伸ばした左手の指先を千円の端をつかむのに用いず、そこを通り過ぎて順の左手の指先に沿わせるように手の内に指をもぐりこませ、軽く引いた。
 上体が崩れて前につんのめる順の両目の前に、ぴたりと可耶の右手の人差し指と薬指が止まる。中指で順の眉間を押しとどめていなければ両目を潰していた。

順 「……!」
可耶 「はいしゅーりょ~。相手の狙いが読めてないね、順くん」にやり
「『引っ張るよ』って言われて『お札を』だと思ったでしょ?」
「結果、指に力が入って胴体と腹の重心制御が甘くなった。」
「軽く指を引くだけで、崩れるくらいにね」

 中指でそのまま押し返す可耶。眉間を押さえつつ驚愕顔の順。

順 「僕は『こう来るはず!』と思い込まされたワケですか……」
可耶 「そ。『相手の力を利用する』ことにおいてヒモに勝てると思わない方がいいよ」
順 「ヒモて」
可耶 「えっへへ。出逢った時も言ったでしょ~ 私ヒモになる方法しか教えらんないよ」
「ヒモ──それは相手の力の究極的利用。だかんね」

 ぴらぴらと千円を指先で揺らしつつ立ち上がり、上着のブラウスをハンガーから肩にひっかけて部屋の外に出ていく。いつのまにスられた? と手元と可耶とを二度見の順。

順 「かっ、可耶さんお金!」
可耶 「えへへ、稽古に使うって言ったじゃ~ん。授業料授業料」
「午後には倍にして返すからね」家賃も溜まってるしなーと小声でつぶやき
順 「パチ屋行く気かよ! おい待ってくださ、おぉぉい!」

 廊下に出たが、もうあとには走り去ったつむじ風しか残っていなかった。

順 「はあ……」
「しょうがねーよな、もう」

 その背後に、きらんと目を光らせる小さな影。順(161センチ)よりさらに低く140センチほど、小学生みたいなシルエット。前開きのデニムワンピに腰エプロン、サンダル履きで眼の下に隈のあるロリ。くわえ煙管で実年齢を表す。

しずみ 「おい須川順」
順 「うぇっ。お、大家さん……」ビビった顔
沈 「もう月末だぞ。オマエと可耶、家賃はどーした」

 ついさっきの可耶の家賃溜まってるしなーを思い返す順。

順 「えーと可耶さんに相談して、可及的すみやかに善処するもやぶさかでなく」
沈 「オマエ可耶のお守り役だろ。なんとかしろ」詰め寄って来る
「いくらアイツが【裏武術】仕合場にここが必要っつっても」
「家賃は払ってもらわんと困るんだよ」
「茨も御卸も伽又もちゃんと払ってるぞ」
順 「えーとんーとあのそのあの」追い詰められる
笛吹うすい 「頼もう」二人の間、奥に見えていた玄関に現れる
順 「え」
沈 「誰」
笛吹 「突然、失礼」筋肉質な、作務衣にバンダナという服装の男
「ここに【裏武術番付ランキング天ノ番第一位】」
「阿取可耶がいると聞いた」
「彼女と仕合いたい。取り次いでもらえるか」ドッグタグを胸元から引き出す

 沈、お前のとこの客だぞという態度で横目に見て順の脇腹を肘で突く。順は肩をすくめる。

順 (可耶さんは『最強』だ)
(【裏武術番付】のなかで、ぶっちぎりの天ノ番トップ。)
(番付でのランクはそのまま裏社会での自分の値段バリューになるから、)
(このように、よく下剋上狙いの戦いを挑まれる)
「でもすいません、可耶さんさっき出てっちゃって」
可耶 「そーそー」笛吹の背後から。ぎょっとする笛吹
「だから帰っていいよ。おつかれさま下剋上さん」
順 「……なにやってんすか可耶さん」
可耶 「鍵閉め忘れたから帰ってきたの」順の横通り過ぎてく
順 「そんなこと気になる神経してないでしょあんた」後ろを振り返る順
可耶 「えへへバレた。ほんとは来客の気配に気づいて戻ったんだけどね」鋭い目
笛吹 「……阿取可耶だな」
「俺と、仕合ってもらいたい」ドッグタグを指さす
可耶 「え~ やだめんどーい」頭を掻きつつ
「ていうかそんなこと言うやつには」順の背に隠れて彼を突き出す
「『弟子のぼくが相手だー』」後ろからアテレコ
順 「えええええ」
笛吹 「……まずは弟子を倒せと?」
「よろしい。受けて立とう」
「ちなみに弟子とやら。ランクはいくつだ」
順 「……一〇二〇番ですけど」胸元からドッグタグを出す
笛吹 「せっ……せんにじゅう?」たじろぐ
順 「あなたは?」
笛吹 「……俺は、五五番だ」ドッグタグに記載の数字を見せて申し訳なさそう
順 「……それはそれは、ずいぶん格上な……」申し訳なさそう
笛吹 「俺の名は、笛吹竹由」気を取り直す
「お前で相手になるとは思えんが……まあいい」
「いざ尋常に」可耶が笛吹を鋭い目で見る
「勝負」

 笛吹、武器である竹槍を、左手を前にして端と中ほどをつかむ構えで突っ込んでくる。順の腹部へ鋭く突き。

順 「うぉっととぉ!?」くの字に体を曲げて回避
(速っ)
(反撃は――ちっ、真正面からじゃ狙える場所がねーな!)

 順の視線の先、笛吹の身体に『点穴を衝くための神経図』を重ね見る(伏線)

笛吹 「避けられるとは。さすがに阿取可耶の弟子か」
「だが次は外さん!」
「──【鉄撓てっしない】!」

 二度目の突きの途中で左手首のスナップをきかせる。
 順の背後からの視点、像が四つにブレた竹槍が上下左右から襲い来る。

順 (うっわコレは避けるの無理、)
「ごへ!」

 右からの軌道が本物で残りはフェイント、こめかみを横なぎに先端で叩かれて吹っ飛ぶ。

可耶 「順くん、アウト~」親指を下に向ける
笛吹 「弱い……初撃はかわしたがそれだけか」
「さあでは仕合ってもらおうか、阿取可耶」
可耶 「えヤダけど」
笛吹 「は?」
可耶 「私『弟子倒したら戦う』なんて言った? ひとことでも」
順 「……そういや、言ってなかったな~この人……」壁に叩きつけられた状態で半笑い
笛吹 「……ふざけたことを」
「下手に出ていればコケにしおって」
「戦わねば──怪我をするぞ?」竹槍を握り締め、激して熱した顔
可耶 「──そう言うんだったら最初から問答無用で来いよ」急激に冷めた目
笛吹 「はっ……?」
可耶 「なんで私の言いなりになって順くんと戦った?」矢継ぎ早に
「明らかに見るからに自分より弱いとわかる、順くんと。」気まずそうな順のカット
「倒したら戦える確証もないのになんで従った?」
「手の内晒して見せつけて、なお勝てる自信があったのか」
「それならあんた、『私を嘗めてる』ってことだろう」
笛吹 「じっ、自分の技に自信があるのは当然だ」焦り顔
「それに技を知られたことを逆手にとる返し技だって存在する!」
可耶 「じゃああんたは自分を有利にするために戦ったわけだ」
「そのためだけに打ちのめしたわけだ。順くんを」
「……そうまでしないと勝てないって、恐れてる・・・・相手を」
「倒して、あんたはなにが欲しい?」
笛吹 「『最強』の称号に決まっている!」
可耶 「あっそ。他人に認められないと、自分を満足させてあげられないんだね」
「ンなひとには──あげられないなぁ この天ノ番称号は」

 圧倒的なオーラを放ち、襟元から『天ノ番』のドッグタグを引きだしてから踏み出す。

順 (可耶さんは、いつも『戦う理由』を大事にする)
(なぜ挑むのか。なにが欲しいのか)
(相手のソレを聞いてから戦うし、)
(聞いたあとは容赦しない)
笛吹 「……っ、参る!」

 冷や汗顔のまま竹槍で突く笛吹だが、一瞬で間合いに踏み込まれ竹の先をつかまれている。

笛吹 「なっ、」
可耶 「あんたの流派、武宮流竹把術でしょ」
「竹のしなりによる軌道の幻惑に長けた流派」
「でもつかんじゃえば関係ないね」
笛吹 「おのれ──」引こうとする
可耶 「むしろそのしなり・・・を」
「利用させてもらう」

 可耶が力を込めると竹が震え曲がり、笛吹が反動で真上に吹き飛ぶ。

笛吹 「なっ、」
可耶 「入只流イロハりゅう──【牙揺がよう】」

 俯瞰図、見上げる可耶。
 くるくると手の内に残った竹をバトンのように回しつつこともなげに言う。

可耶 「しならせようと竹に送り込んでくる力を利用して、『お返し』した」
「修行不足だよ、五五番」

 竹槍の先端を地面に突き立て、天に向けた逆側の端(平たい)が、落ちてきた笛吹の腹部に突き刺さる。「ぐえっ」と悲鳴が上がり沈黙。ぱんぱんと手を打ち払い、可耶はつまらなそうに肩を回す。そして言う。

可耶 「順くんはさ」
順 「?」
可耶 「見失わないでね。自分の『夢』、強くなりたい動機を」ちょっと寂しげ
順 「……はい」痙攣する笛吹を眺める

 横の沈は付き合いの長さからか、半目で見ている。
 ついで可耶、ぱっと表情変えてにこやかに順に片手を挙げる。

可耶 「じゃ~、鍵閉めたし。師匠ちょっと行ってくるね」
「順くんの千円、ムダにはしないから!」
沈 「おい待たんかい可耶」
「今家賃払わず出ていったら、二度とこの敷地に入れると思うなよ」
可耶 「え、えぇ~……」
「その家賃を、今から稼いでこようと……」
沈 「普段から働いとけよコラ」
「ラクしようとしてんじゃねーぞ腕っぷしだけのごく潰しが」
可耶 「うう、つらぁ……」ショボくれた顔
順 (可耶さんは最強だけど)
(それだけで食っていけない現実がそこにあるのだった)
(その原因である『欠陥』は、僕のせいだけど……)沈んだ顔
沈 「オマエもボケっとしてんじゃねーぞ須川順」
「ここの住人はいばら御卸おおろし伽又とぎまたも」
「ちゃんと働いてんだよ」
「お前もはよバイトしてこい」
順 「あっハイ」

 有無を言わさぬ語調に、従わざるを得ない。
 場面転換。ボロボロの笛吹、竹を杖代わりにしながら道を歩いている。背後には神社につづくかのような長い石段があり、その先に右城蔵荘のアパートがある。

笛吹 「うぅ……」
「よもや、あそこまでの使い手とは」
「一瞬で、俺が狩られる側だと自覚させられた」戦う場面を回想
支倉 「お? なんだボロボロの奴が居るじゃねえの」
「ひょっとしておたく、阿取可耶に挑んだクチかい?」

 鞘袋に包んだ刀を、紐で肩に引っかけている。笛吹と背丈の変わらないくらいの男で、笑んだ口許と比して笑っていない目をしていた。筋肉質な笛吹と比べると細身だが油断ならない仕草で、ロックTシャツの上にミリタリージャケット、下は黒の袴とブーツという異装。

笛吹 「だったらなんだ」
支倉 「いやなに、今から俺も挑もうかと思っててさ」
「ちょうどいいや──」

 落ちる鞘袋。
 笛吹が反応しようとしたときには、真横まで滑るように移動してきた支倉の抜いた刀が喉元に突きつけられている。切っ先に載っている笛吹のドッグタグ。

笛吹 「!?」
支倉 「なぁ、阿取可耶をる手伝い、してくんね?」
「あぁもちろんタダとは言わねえよぉ?」
「──働きひとつで、お前の命を買い戻させてやる」

 言いつつ左手で引き出すドッグタグ。刻印されたのは『十一』の文字。

 場面転換。夜。
 バイトが終わって帰ってきた順。疲れた顔でポケットに手を突っ込み階段のぼる。

順 「はー。バイトしたり家事したり」
「毎日忙しいな……」
「……修行できてる気がしねー」

 口ではそう言うものの、半笑いの表情は現状を悪いものだとは思っていない。

順 「まぁいいんだ」
「僕はあの人と一緒に、居なくちゃいけない・・・・・・・・・から」

 意味深なことをぼやいていると、ふいに空気が張りつめる。殺気に背中を刺される。

順 「!」

 階段の下を見る。立っていたのは支倉。納刀した刀を左手に提げながら、順を見上げている。

支倉 「いい夜だな少年」
「こんな日は死合いがしたくなる」
順 「……また下剋上狙いか」
「夜くらい、可耶さんを休ませてほしいもんだ」
支倉 「いつ・誰に・どこで・なにで・どのように襲われても勝てる」
「それが天ノ番を預かる条件だぜ?」
「阿取可耶を呼んでもらおうか」
順 「翌朝じゃダメなのか?」
支倉 「ダメだな。俺明日はニチアサをリアタイすんだ」
「手早く終わらせてもらうぜ」軽く笑う
順 「手早くって……」
(終わらせられるの、そっちじゃねーかと思うけど)
(……でもなんだ? この違和感)
(なんか 『狙い』がここにないような気が)

 考えているあいだに、階段の最上段に可耶が現れる。

可耶 「おーっと」
「順くんともうひとり、殺気全開の奴がいると思ったら」
順 「下剋上みたいです」
可耶 「カンベンしてよ~」
「師匠、今日は慣れない労働までしちゃったんだからおつかれなのに~」

 たはぁとめんどくさそうなため息を漏らし、可耶は腕組みして支倉に問う。

可耶 「私を倒して、あんたはなにが欲しい?」
支倉 「欲しいもんはねぇな。確認をしたいだけだ」
可耶 「確認?」
支倉 「俺の流派が伝えてきた、生き残りのすべ
「それが正しく、誰にとっても使える理論であるかの実証実験」
「それだけだぜ?」
可耶 「なるほど」
「だったら、相手しよう」
「順くんも見学席に来な」

 笛吹よりは認めた様子で、可耶は手招く。にやっと笑い、支倉はつづく。
 庭にて向き合う二人。中間距離に、二人を見ている順。
 月がのぼるなか、互いに襟元から親指でドッグタグを引き出す。

支倉 「毎回やってんのか? さっきの質問」
可耶 「ああ、『なにが欲しいか』ってやつ?」
「まーね。」
「なにが欲しいのかわかってない人と戦っても、しょうがないでしょ~」
「最強になりたい、ってだけでそのあとの考えがないとかさ」
支倉 「わかるぜ」
「その場だけであとを考えねぇ奴ってのはダメだよな……」
可耶 「気が合うようでなにより」
「じゃ、戦ろうか。互いの【番札】を懸けて」ドッグタグに触れる。
「入只流、阿取可耶」右足をわずかに出し、前に重心傾ける
支倉 「支倉溢刀流はせくらいっとうりゅう兵法、支倉呂戸人ろとひと
「俺から行った方がいいか?」
可耶 「私からは行かないよ~」
支倉 「あっ、そ!」含みのある笑み(伏線)

 刀を抜き放ち、右足前の中段に構える支倉。
 互いに見合い、支倉が高速で踏み込んで、激突。
 中段から瞬時に幾筋もの剣戟を生み出すが、可耶が掌・手の甲・肘・膝・肩、あらゆる箇所で「刀の側面」に触れて軌道をずらし、いなしている。

支倉 「ぐっ……?!」
「剣が、身体すり抜けてるみてぇに……!」
順 (最小の動きで避けて、それ以外も捌いてるからだ)
(可能にしてるのは、読みの速さと深さ)
支倉 「っだったらぁっ!」

 支倉、一度強く弾かせて後退し、下段に構えてから再突撃。
 左片手のみで切り上げ、振り抜く途中で地面に切っ先を強く当てて軌道を捻じ曲げる。

支倉 「読まれてるなら、軌道読めねえようにしてやる!」
可耶 「軌道は読めなくても」

 可耶が頭をわずかに下げると、鼻先2mmをかすめる刃。驚愕する支倉。

可耶 「間合いリーチは読めてる」
「間合い、軌道、タイミング。」
「いずれか外せば、達人の剣技も棒振り芸」

 言葉とともに接近、振り抜いて固まった左腕を右手で捉えられる。ぞっとする支倉。

可耶 「入只流──【曳道えいどう】」

 ぐるんと支倉の身体が半回転、背中から落ちる。態勢を整えようとするが、その都度回転させられてズンと重く地面に叩きつけられる。その繰り返し。

支倉 「起き、あがれ、なっ……?!」
順 「力んだ瞬間、『その力を利用されて』体勢崩される」
「ヤなんだよなぁ、アレ食らうの……」
(にしても、さっきの違和感は気のせいだったのかな)
(とくに代わり映えしない、いつもの光景――いやまて?)なにかに気づく
支倉 「ああ、くそっ!」背中から着地直後
「やっぱ真っ向勝負じゃ、勝てねぇかぁ」荒い息
可耶 「降参?」涼しい顔
支倉 「いんや……」
「言ったろ?」
「『その場だけであとを考えねぇ奴はダメだ』ってよ」にやり

 がらりと右城蔵荘の玄関が開く。
 中から、口をタオルでふさがれ首に竹槍をあてがわれ、後ろから笛吹に羽交い絞めにされた沈が出てくる。笛吹は申し訳なさそうな表情で、沈はあくまで反抗的。

順 「な……しまった!」
(みんな仕事に出てて、人がいない隙を!)
支倉 「実力だけで倒せりゃ、それが一番だったんだがよ」
「どうも無理そうだ。こっからはこういう手も使わせてもらう」
可耶 「……殺気全開にして注意を引き付けたのは人質確保のためか」階段のシーン回想
「やるね」

 ため息をついて手を離す。両手を掲げながら可耶は後退し、起き上がった支倉に剣を突きつけられる。

支倉 「俺の剣技では勝てねぇが、兵法では勝ちってとこかな」
「逆らうなよ? つっても出来ねえか!」
「情報屋から聞いてんだよ。お前が『欠陥』抱えてること」
「むかしの戦いの後遺症で、『自分から攻めること』が出来ねぇんだろ?」
順 (……そうだ)
(あの日僕を助けたときの後遺症)針だらけの両手足を回想
(【点穴】を衝かれ、めちゃくちゃに神経が乱された可耶さんは)
(自分から攻撃が出来ない身体になった)
(そのせいで戦う仕事は出来ないし、身体の調子も全盛期には及ばない)
(だから)
(だから、僕は――)
支倉 「さてそんじゃ……だいぶボコられたお返しに」
「しばらく嬲らせてもらうとするか。『最強』を」

 舌なめずりし、切っ先でブラウスとスリップの胸元を裂き、腹部のあたりまで切っていく。周囲全員の視線が可耶に集まっている。
 事ここに至っては自分だけで事態を打開できないと悟り、ふうと息をつき可耶が言う。

可耶 「不出来な『最強』でゴメンね」
「申し訳ないんだけど――」
守って・・・くれる?」
順 「――わかってます」

 一瞬で順が消え失せる。笛吹の背後に、わずか一歩で潜り込む。

笛吹 「むぅっ――!?」
順 「僕から目を逸らしたな」
「致命的だ」

 点穴を示す図を全身に重ね見られた笛吹、移動してきた順に首筋へ人差し指で突きを食らって昏倒する。
 沈を受け止めて座らせると、順は支倉を睨む。支倉も目を見開く。

支倉 「お前……! なんだ、その動きは!」
「情報屋からも、阿取可耶の弟子がそんな使い手だなんて聞いてねぇぞ!」
可耶 「そりゃそうだろうね」
「だってあの子は、【裏武術】界隈の人間じゃない」
「『ひとに知られず人を倒す』」
「そのことにおいてはこの国で十指に入る――」
「【暗殺者】だもの」
順 「元、ですよ」
「いまは師匠の――」
「おまもり役だ」


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