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読書記録(17)永井荷風『腕くらべ』

岩波文庫、1987年新版第12刷(2006年発行)。

誠と意地に生きる新橋の芸妓駒代は、一切の義理人情を弁えない男の腕くらべに敗れ去る。この女性に共感を寄せる講釈師呉山や文人南山。長年の遊蕩生活に社会の勝利者への嫌悪を織り込み、失われゆく古きものへの愛惜をこめて書かれた荷風(1879-1959)中期の代表作。佐藤春夫は浮世絵風の様式描写があると絶賛した。(解説=坂上博一)

表紙に書いてあるこのあらすじは、少し違う気がする。

誠と意地に生きる」とあるが、駒代は別にそんな高邁な精神は持ち合わせていないような。

一切の義理人情を弁えない男の腕くらべ」とあるが、吉岡も瀬川も人間性そのものが冷酷ということはなく、ささいな行き違いから結果的に駒代を苦しめることになっただけではないか。

何より、「腕くらべ」は駒代と他の芸妓との腕くらべであって、男との腕くらべではない。それは巻末解説の中ではっきり書いてあるとおりだと思う。

『腕くらべ』という表題の意味を汲み取ることはそれほど困難ではない。具体的には、誠と意地と張りという古風な芸者気質をわずかに残している駒代と、みず転芸者菊千代、金持芸者君竜との腕くらべである。そして結局駒代が新時代の風俗に同化してゆく彼女らとその結びつく男たちに敗れ去るところに一遍のテーマが存在する。

P234

同じ坂上博一氏が書いておきながら齟齬が生じているのは何故。

それはいいとして。

小金持ちの吉岡駒代にアプローチ。その熱烈ぶりに駒代はドンびきし、反動で瀬川という若手俳優に恋をし、アプローチ。しかし今度は瀬川が駒代の熱烈ぶりにドンびきしてしまう。そこにそれぞれの邪な考えや打算が重なり、結果、吉岡も瀬川も別の芸妓を落藉し、駒代は一人ぼっちになる。

駒代は、瀬川に捨てられた可哀相な女という目で周囲から見られるようになり、居場所を失いかける。そこへ、芸妓置屋の主人「呉山」が、駒代に身寄りが一人もいないこと、そして瀬川との結婚が破談したことなどを知るに及び、それなら俺が面目を守ってやろうと、この置屋を駒代に譲ることに決める。呉山の義理と人情に駒代が涙を流す、このほろっとくるエンディングは、清涼感がある。

この講釈師「呉山」は、実に粋でかっこいい。普段は芸妓置屋の経営に余計な口出しをせず、韜晦を含んだ謙虚な身構え。序盤で一度登場して以降、ほとんど出てこないが、終盤で再登場したのち最後に鮮やかな見せ場をつくってくれる。

そんな呉山が初めて登場した序盤のシーンは、文筆家「倉山南巣」が呉山の芸妓置屋を訪れ、四方山話をする場面。二人の交わす芸能論が出色。活動写真(映画)が台頭しはじめたことにより、旧来の講釈・義太夫・落語などの寄席文化が退潮気味であることを憂いながら、次のような呉山のセリフ。

「全くさ。先生の仰有る通り、ゆっくり役者の芸を見てやろうとか講釈師の読振りを聞いてやろうとか、そんな事は今のお客にゃ面倒で面白くないんですね。だから寄席は不入でも講談筆記は売れるというじゃありませんか。私は蓄音機の芸と講釈の筆記はどうも好きませんて。ねぇ、先生、一体何にかぎらず芸というものは遣っている中に知らず知らず気乗りがして来るもんだ。その気乗が自然とお客へ移る。そこでお客の方も知らず知らず気を取られて力瘤を入れるようになる。そこが芸の不思議というもんで、きく方とやる気の気合が通じ合って来なかったら芸にはならない。そうじゃありませんか。」

P51 ※ルビは省略

当時、蓄音機やら活動写真やらの登場が、客前でライヴで芸を見せる舞台や寄席にとって大きな脅威に映ったことだろうけど、結果論、100年経ったデジタル円熟期の今でも生の芸能文化は太く強く脈打っている。むしろデジタル化が進めば進むほど生の価値が反比例しているかのよう。いずれにせよ、昔も今も「芸能はやっぱり生でしょう」という信条の人々がいて、そういう人々の支えが舞台や寄席の文化を後世に繋いできたんだなぁと、当たり前のことながらしみじみ。

さて、呉山と芸術論を語り合った倉山南巣も、その後しばらく登場しないのであるが、根岸の自邸が描かれる場面で久しぶりに出てくる。そして、とにもかくにもこの場面の風景描写が絶品

鶺鴒や藪鶯の来る頃にも植込のかげには縞の股引はいた藪蚊の潜むかわり、池の水をば書斎の窓ぎわへと小流のように引入れる風流も何の訳はなく、真菰花さく夏の夕は簾に雨なす蛍を眺め、秋は机の頬杖に葦の葉のそよぐ響、居ながらにして水郷のさびしさを知る根岸の閑居。主人倉山南巣は早くも初老の年を越えてより朝夕眺暮らす庭中の草木にも唯呆るるは月日のたつ事の早さである。

P135 ※ルビは省略

蚊の脚が黒白の縞模様になっているのを「股引はいた」とかわいく表現するのが面白い。

真菰まこも花さく夏のゆうべは簾に雨なす蛍を眺め」7・7・8・7音のリズムがいい。

夕立に珠をまろばす蓮の葉忽ち破るると見れば耳立つ風の響葦をそよがせて、葉鷄頭はげいとうより菊の秋、時雨に楓散尽せば早や冬至梅の蕾数える年の暮。老樹をいたわる寒肥料かんごえに鼻を蔽うかわり、大寒の頃は南天藪柑子の実雪中に花より美しく、夜半煎茶煮つめて冬籠楽しむ書棚の上水仙福寿草の花いつか凋めば早くも彼岸となってまず菊の根分、草の種蒔、庭好む人の一日はわけても暮れやすく、百花の開楽送迎えていそがしき眼しばし新樹の梢に休ますればやがて雨降るごとに庭暗く、梅の実熟して落初める朝は夜合ねぶの葉眠る夕となり、柘榴の花燃え凌霄のうぜんかずらの花地に落る炎天の日盛も、夜ふけては露結ぶ水草のかげに早くも一筋二筋糸のようなる虫の声。

P135 ※ルビは一部省略

「珠をまろばす蓮の葉」の詩情。ちょうど最近、蓮の花が見ごろを迎えた公園で、葉の上に乗った雨水の粒を見ることがあった(下の写真)。葉の揺れとともに粒がまさに「まろばす」さまは、見ていて飽きなかった。

夏→秋→冬→春→夏とめぐる一年の庭の表情が、香り高い筆致で生き生きと描出されている。

こうした麗しい美文が、駒代に加虐的な性癖をぶつける「海坊主」の醜態が描かれた直後に位置しているため、余計にその風雅が引立つ。

巻末解説(坂上博一)では、次のように書かれている。

編中の白眉である「小夜時雨」(十二)では、南巣の根岸の古家古庭と隣の元吉原妓楼の寮を背景にして、浮世絵風の様式化が施されているが、南巣の廃滅の情緒に対する愛惜の情がこの章の中心になっている。

P238

『つゆのあとさき』でも同様に、閑居に醸される視覚的聴覚的風情をリズムよく描いた美文が出てきた。こういう文を見つけるためだけでも、永井荷風の作品は読む価値があるかもしれない。

それにしても、作中に頻繁に出てくる芸妓の身なりを表す文章を読むにつけ、自分には着物の基礎知識が全く欠け落ちていることを痛感し、忸怩たる思い。逆に、このあたりのことも理解しながら読むと、新しい何かが見えるのでは?と考え、「きもの語辞典」(岡田知子著、木下着物研究所監修、誠文堂新光社)を購入。かわいいイラストつきで分かりやすい。こういうのが欲しかった。小説を読むときに座右に置こう。

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