多聴多観の始め方
はじめに
英語多読に関する情報はたくさんあるけれど、多聴に関する情報は驚くほど少ないように感じます。確かに、英語多読に比べて、多聴は敷居が高いイメージがあります。しかし、実際にやってみると思ったより簡単で、自分を苦しめていたのは『完璧主義』であると実感しました。多聴の前には、文法をマスターしなければ~、フォニックスをマスターしなくては~、音声変化をマスターしなければ~、精聴・精読しなくては~、留学しなくては~、、、色んな完璧主義が立ちはだかります。ここには、多聴に興味を持った方々が、ご自身の『完璧主義』に押しつぶされずに多聴を続けられるための、心構えを書くつもりです。
準備運動:ナーサリーソングでアルファベットの音を復習しよう!
多聴を始める前に、最初はアルファベット26文字の音を覚えるところから始めましょう。YoutubeのPhonics song には、26音が2分42秒ですべて網羅されています。
KidsTV123チャンネルより”Phonics Song”
Amazon.com(アメリカのAmazon)でPhonicsの教科書を検索すると、絵本のような子供向けの非常に簡単な内容の書籍ばかりがでてきます。日本で売られているような、細かな規則まで網羅した分厚い書籍は、子供には理解が出来ないという事でしょう。
(実際に、フルハウスというアメリカのドラマの中でも、まだアルファベットが読めない妹にお姉さんがサイレントEというPhonicsの規則を教えようとして、『そんなのわかんない!』と怒らせてしまうシーンがあります。)なので、腰を据えてPhonicsを学びたくなるのをグッとこらえて、アルファベット26文字の音を耳に入れたら、思い切って多聴多観を始めましょう。
1.多聴多観を始めるにあたって
リスニングができるようになった人の体験談を集めてみると、”シャドーイング””精聴””ディクテーション””聞き流し””発音を勉強した”などが一般的です。これらに共通する事はなんでしょうか?それは、『聞き取れないながらも、字幕やスプリクト無しで英文を聞き取ろうといていた期間が存在した』ということです。
初めて英文の読み上げを聞くと、何が何だか分からない状態で音だけが流れていくと思います。大丈夫、最初はみんながその状態です。英語のマシンガンに呆気に取られていたのが、すこし余裕ができてくると、ポツポツ単語が聞きとれる単語が混ざっているとに意識を向けることができるようになります。まず、これが第一段階です。
2.まずは主語と動作を表す単語だけ聞き取れればよし!
実は、音源の内容を理解するために、すべての単語を聞きとる必要はありません。主語と動詞が聞き取れれば、誰が何をしたのかは理解できます。
たとえば、
Aunt Petunia was saying in a quivering voice, ‘look at the address’ (Harry Potterより)
という文章が読み上げられたとき
Aunt ,,, Saying,,,look at the address.とだけ聞き取れれば、ストーリーの理解に支障はありません。
主語と動作を表す単語は、学校英語で習うような、見慣れた単語が多いですよね?
風景描写などは見慣れない、聞きなれない単語が多いので聞きとりにくいですが、ほとんどの場合、聞き取れなくてもストーリーの理解に影響はありません。
3.聞きとり能力が上がるとは?
『ある瞬間を境に、英語が聞きとれるようになった!』という話を聞きます。私も、実はこういう経験はあるのですが、勘違いしないでほしいのは、決して『すべての単語を正確に聞きとれるようになった』という意味ではないからです。
聞きとり能力が上がるとは、聞き取れなかった部分の単語が一つ、また一つと聞きとれるようになることです。ちまたでは”ぼやけていたところが徐々に鮮明になっていく感じ”という表現が良く使われるのですが、まさにそんな感じです。実際、何年も耳読書を続けている超熟練者の方でも、一字一句すべての単語を聞きとれている訳ではないそうです。まずは“完璧に聞きとれる”という幻想を捨てて、自分が聞きとれている部分を褒めてあげましょう。聞きとる能力は、特に難しい事を意識しなくても、聞き流すのではなく、きちんと音源に耳を傾けていれば自然に伸びていきます。(ただし、アルファベット26種の音は知っていた方がいいと思います。)参考までに、私の場合は20時間程度音源を聞いたころに、大雑把にですが音源の内容が理解できるようになり始めました。人によって必要な時間は短くも長くもなるかとは思いますが、プレッシャーを感じずに軽い気持ちで音源に耳を傾け続けるのが理想的なのではないでしょうか?
4.簡単な音源から挑戦しましょう
多聴を始める上で注意する事は、なるべく自分のレベルに合った音源を聞く事です。話すスピードが速すぎたり、知らない単語が多すぎたりする音源を聞き続けても、聞きとる能力はあまり上がらないでしょう。まずは、子供向けの朗読やPodcastをきいたり、動画をみることから始めた方がいいと考えています。
5.レベルに合った音源の探し方
英語多読の創始者、酒井 邦秀先生の本には、英語多読で読めるYLから2を引いたレベル(YL5を読んでいたら、YL3のもの)の音源が望ましいと書かれています。さて、自分に合ったレベルを音源を探すには、どうすればよいでしょうか?
・図書館
英語の児童書の朗読CDは、多読コーナーのある図書館に置かれていることが多いので、最寄りの図書館を頼ってみると良いでしょう。Magic Tree HouseやHarry Potter、Nate the Greatなど、有名作品や絵本のCDが借りられる場所が見つかると思います。初心者~中級者向けです。
・Youtube
Youtubeでは、無料で良質な動画を視聴する事ができます。NPO多言語多読が多聴多観の初心者に勧める定番のPeppa PigやTED-Edなどから始まり、上級者も楽しめる番組がたくさんアップロードされています。豆知識を伝える動画は日本のチャンネルにも多いですが、あえて英語圏から豆知識を仕入れてみたり、場合によっては講義も視聴する事ができます。初心者~上級者まで幅広く対応しています。
・podcast
英語圏のポッドキャストの量は日本よりもはるかに充実しています。お使いのスマートフォンに(AndroidでもiPhoneでも可)には、”Podcast”というアプリが最初から入っていますが、これを起動して、英単語で検索すると、色々な英語のpodcastがでてきます。多聴の初心者の方は、検索するときにkidsという単語を加えれば、子供向けの優しい放送を聞くことができます。見つけたPodcastは無料でダウンロードして、出かけた先でもデータ通信を使用せずに聞くことができるので、コストパフォーマンス的にも優れています。”Recommendation Podcast”というワードでGoogle検索すれば、英語圏のPodcastのおすすめの情報が得られます。初心者~上級者向けまで幅広く対応しています。
・有料のアプリやWEBサービス
いわゆる月額で利用し放題の、サブスクリプションサービスも便利です。たとえば、アプリのEpic!などは絵本がたくさんありますし、AudibleやScribdではJudy Moodyのような児童書、大人向け書籍や、ビジネス書、日本語作品の英語訳の朗読もあるので、低価格でオーディオブックをたくさん利用することができます。また、ScribdではGraded Readerの定番、Oxford Bookwormの朗読が配信されているので、おすすめです。
難易度はアプリによって違いますが、Epic!は初心者向け、AudibleやScribdは上級者になるほど楽しむことができます。
・ストリーミングサービス
Netflixという定額の動画配信サービスには、日本のアニメの英語吹き替え版や、海外ドラマに英語字幕を表示して視聴が出来ます。アニメに英語吹き替えは対象年齢が低いため、英語が簡単で発音もはっきりしていて、多聴になれていない人でも聞きとりやすいようになっています。海外のアニメでも子供向けのものは、内容が理解しやすいです。また、海外ドラマは対象年齢が高校生~大人のものが多いため、会話の内容も複雑で、発音もはっきりしていないため、難易度が上がりがちです。中級車~上級者向けです。
たくさんの音源を聞くうちに、聞きとり能力は徐々に上がってきます。英語多読と同じで、聞いた量もすごく重要になるので、いつか聞きとれると信じて継続的に聞き続けることをお勧めします。ただし、多聴のベテランを対象にTwitterでアンケートをした結果、多聴の初心者に大切な事は、単語の発音や意味を覚える事でも、文法を覚える事でも、シャドーイングをする事ではなく、『簡単なものから、じょじょにレベルを上げていくこと』だそうです。
6.ナレーターとの相性について
実は、英語の聞きとりができるかどうかは、読み上げる人との相性もすごく影響します。極端な話ではNate the Great(YL2程度)の朗読よりも、Harry Potter(YL7程度)の朗読の方が聞きとりやすかったという話もあるくらいで、最初に一つだけ音源を聞いてみて、そこで聞きとれなかったらあきらめてしまうというのはもったいないです。また、アメリカ英語やイギリス英語、オーストラリア英語など、どの英語で読み上げられているかによっても違いがでますし、体調によっても大きく聞きとり能力に違いが出てきます。聞きとりやすいナレーターを見つけるのも、多聴に取り組むうえで大切なことだと考えています。
7.多聴は”今”が大切
音源の聞きとりは”今”が大切です。聞きとれなかった部分に気を取られると、次に続く部分が聞きとれなくなってしまいますし、聞き取れたことを喜んでいると、次に続く部分を聞き落としてしまいます。普段、日本語の音声を聞いている時はそんなことをしないですよね?どうしても『聞きとれた』『聞きとれない』『単語の意味』『日本語訳』が頭に浮かんでしまうのは、まだ英語の音声を聞きとるという習慣が、あなたのなかで当然なものになっていないからです。なおそうと意識しなくても、聞く量が増えていけば英語に関する『気づき』もなくなって、音源の内容だけに集中できるようになっていきます。
8.よくある勘違い
また、よくある勘違いは”自分の耳に異常があって聞きとれないのでは?”というものがあります。私の話になりますが、子供の頃から両耳が『騒音性難聴』と診断されています。通常の生活には支障がないのですが、4000Hz以上の高音がほとんど聞こえません。英語は日本語には含まれない5000Hz以上の周波数の聞きとりができるかどうかが重要という記述をたまに見かけるのですが、こんな4000Hz以上がほとんど聞こえない状態でも、TOEICのリスニングで415点を取っていますので、問題は出ていないように感じます。高音域の音は、加齢によっても聞きとりが難しくなるので、高齢者の方と同じ状態だと思います。
9.たくさんの情報にまどわされないようにしましょう
英語の書籍は多種多様なものが発行されていますが、多聴に必要な知識は限られています。多聴で聞く音声は、相手に聞きとりやすいように丁寧に読み上げている素材が多いので、各種の教科書に記載されているような細かい規則は必要なく聞きとることができるものばかりです。(ネイティブ同士の日常会話を聞く場合を除いて)
必要に応じて教科書を読んだりしても良いのですが、今の自分にどこまでの知識が必要かを判断できることも重要になってきます。車の免許を取るために、プロレーサーのドライビングテクニックの教科書が必要ないですよね?
私は居合を習っています。居合では段位が設定されていますが、初段や2段の段階では、形だけ動作を真似るだけに終始し、実際に複雑な詳細を学ぶのは5段、6段以上になってからです。詳細を初心者に教えないのは、まず基礎が定着してからでないと、複雑な詳細を教えても、理解ができないし、記憶にも残らないことが多いからです。完璧主義は語学学習の天敵ですよ!
10.フォニックスの効用
実は、聞きとりにおいては、フォニックスは単語の読み方を推測するよりも、単語の綴りを推測することに効用があります。初めて発音を聞く単語でも、綴りを推測することで理解できるので、少し特殊な読み方をしていても綴りから正しい単語を推測することができるようになります。
また、発音記号の知識では、綴りを推測する事は難しいので、フォニックスのアルファベット26音の発音とサイレントEの規則だけは学習する事をお勧めしておきます。ただし、最初にあげた通り、日本のフォニックスの教科書は詳細なところまで書きすぎていて、初心者向けではないように感じるので、多聴を始めるためにはあえて最後まで読まなくて大丈夫だと考えています。
11.発音を学ぶことについて
多聴ではイギリス英語・アメリカ英語・オーストラリア英語・メキシコ英語などなど、様々な地方の英語が入り混じりますから、発音記号で正確に発音を学ぶことも難しくなります。たとえば、イギリス英語では、単語末尾のrとeが入れ替わって綴りも変化することがあります。また、各方言ごとに異なるフォニックスが存在する感じです。(aは英:a, 米:æ、豪:aiになる)
もちろんそれではなく、同じ単語でも地域ごとに読み方が違ったりもするのですが、phonicsで綴りを思い浮かべれば、正しい単語が推測できることが多いです。専門の教科書を使って学ぶのも一手ですが、どのみち音源を聞かなくてはおぼえられないのですから、たくさん聞いて慣れて行ってもいいと考えています。(各地域の発音の専門家になりたいのであれば、別かもしれませんが)
12.リエゾンやリンキングなどの音声変化の知識は必要か?
リスニングの教科書をみると、かなりの確率で音声変化についての記述に紙面が割かれています。しかし、実際の所、耳読書やPodcastなどでは丁寧に発音する事が多く、それほど重要にならないと感じています。また、TOEICでも、リスニングの長文パートで2~3くらいお決まりの単語での音声変化が混ざる程度です。ガッツリ音声変化についての知識がないと支障が出る場所は、例えば、ニュースのインタビューとか、アクション映画のキャラクターのトークとか、ネイティブ同士が会話しているのを横で聞いている場面とか、ネイティブが普通にしゃべっている場面で聞きとりたい場合だと思います。
ただし、英語を話すときのテンポとリズムはおぼえる(というかなれる)必要があります。英語のテンポやリズムは、話し手によって違うので、色々なパターンをたくさん聞くことで、聞きとりの能力が上がります。
13.文法について
洋書やPodcast、ドラマやアニメでは、複雑な文法はほとんど使われません。文法の勉強が必要か否かについてはここでは議論しませんが、多聴多観には、中学生レベルの文法しか出てきません。なので、薄い中学生レベルまでの文法をまとめた本以上の知識は、多聴多観ではオーバースペックになってしまいます。人に口伝で英語の知識を教えようと考えると、どうしても文法用語を覚える必要が出てきてしまいますが、聞きとる能力だけを追求するなら、文法用語も知る必要は無いと考えています。
14.単語について
英単語の意味や発音をどうやって覚えていくか?というのは、語学における永遠の問題だと考えています。英語多読をしていれば、初見の単語を文脈から意味を推測したり、辞書を引くこともあるかもしれません。多聴でも、聞こえてきた未知の単語をphonicsの知識から綴りを推測して、Googleで検索することもあります。(Project Hail MaryというSFの朗読していた時、Astrophageという聞きなれない単語が出てきたので、検索したら作中の生物を表す造語だったなんてこともありました)
ネイティブは毎日知っている単語が3.2語ずつ(一か月だと約100語)増え、10年かけて10000語の語彙力を獲得します。日本の教育では、一か月に数百語以上の単語を暗記しようとするのが一般的なので、長いスパンで単語を補強する方が、自然ではないでしょうか?なお、単語の発音は、単語帳とにらめっこしなくても、字幕ありでドラマやアニメを視聴したり、聴き読みで単語を見ながら発音を耳にすることで、自然に身につきます。通常、洋書の朗読はアメリカの作家の作品はアメリカ英語、イギリスの作家の作品はイギリス英語で収録されています。
15.聞き読み、英語字幕表示で音源を聞き続けるとどうなる?
聞き読みや英語字幕表示ONで音源を聞き続けると、単語の正しい発音を覚えられるので、単語の聞きとり能力があがります。しかし、音の情報だけから頭の中で文章構造を把握する能力が身につかないため、長い文章での理解力が育ちません。また、英文を理解する瞬発力も育たないので、結果的に読む速度も頭打ちになってしまいます。
私は最初、音源だけで聴くのが怖くて、300時間は英語字幕表示ありで聴いていましたが、TOEICのリスニングは360点くらいまでしか伸びませんでした。TOEICの点数を早く伸ばしたいのであれば、字幕なしを主体に続けた方が良いのではないかと考えています。
16.聞き流しの効果について
聞き流しに効果があるかどうかは議論が絶えません。しかし、断言します。『単語が聞きとれているのに、文全体の意味が分からない』という人には、聞き流しは絶大な力を発揮します。ずっと聞き読みや英語字幕を表示させて聞き続けてきた人は、『各単語は聞きとれているのに』という状態になりやすいので、ぜひ聞き流しを試してみて下さい。
17.多聴多観は短い時間になりがちです!
Twitterで英語多読で洋書を読む時間と、耳読書をする時間をアンケートしたところ、耳読書の方が時間が短い人が多いことが分かっています。原因まではアンケートしていませんが、基本的にはながら聞きだったり、長時間は集中力が持たなかったりすることが原因のようです。無理して長い時間続けず、適度な時間で実施すると良いでしょう。
18.結局、なんのために多聴をするの?
私は、当初、英語多読一辺倒で英語に触れてきました。しかし、多聴ができるようになって、明らかな変化が出てきた事をここに書いておきます。まず、情報源が格段に多くなりました。無料で聞ける英語のpodcastには、博士号を持った人や、その分野で生計を立ててきた専門家が配信する物も少なくありません。日本語圏のpodcastと違い、運営者の著書の購入や講座の受講によって収入につながるらしく、幅広い分野でハイクオリティの情報があふれかえっています。また、多聴ができることによって英語多読で英文を読む速さが格段に上がってきます。これは、文字の情報だけで単語の意味を記憶していたのが、音による記憶がハイブリッドで行われることにより、単語を見たときに瞬発的に正しい意味が思い浮かぶようになります。もちろん、英検やTOEICといった試験を解くのにも使えます。
英語多読と多聴では、どちらが理解力が高いかというと、ほぼ間違いなく多読に軍配があがります。しかし、ノイズキャンセリングイヤホンを使えば、通勤、掃除、洗濯、洗い物、散歩、お風呂の中といった場面ではながら聞きが力を発揮しますし、目も疲れません。実際、たくさん洋書を読む人々には、多読も多聴も両方できる人が多いです。
19.終わりに
多聴のために、文法を習得し、清聴もシャドーイングも実践し、発音を勉強し、音声変化も頭にたたき込んで、単語帳もコツコツこなすという人がいます。間違いなく、これだけやれば多聴なんてできるようになるでしょう。でも、そういう人は、この記事自体を読まずとも、自分で勉強法を探してきて、自分で多聴の技術を身に着けられるのではないでしょうか?この記事を書いたのは、こんな英語のエキスパートにならなくても、多聴は習得できることを伝えたかったのです。完璧主義のせいで、越える必要のない壁を造って、前に進めなくなったりしないように、この記事がお役に立ったら幸いです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
※ヘッドホン画像:いらすとや さんの素材を利用させていただきました。ありがとうございます!