安倍晋三さん銃殺事件を "テロ的な脅し" として捉えるかどうか

安倍晋三さん銃殺事件が、元統一教会と自民党との癒着事件にシフトしていくことにずっと違和感があったんだけど、その理由がなんとなく頭の中でまとまった。

まずこれについては、
「なぜ私たちが法律や約束を守るのか?」
という問いの解釈から話を始めるべきなんだと思う。

僕がその問いについて考えたのはトマス・ホッブズを読んだときで、
そこでホッブズは「なぜなら国や警察が武力を持っているからです (キリッ」と言わんばかりのことを書いていて、僕は一時反感を覚えた。

僕が反発したのは、ホッブズの解釈がつまり「武力の脅しがなければ人間は法律も約束も守らない」 ということだったから。
そんなわけないだろ!友達との約束とかは脅されなくても守るし!とかって思って反発した。

でもよくよく考えてみたら友達との約束を守るのは、コミュニティとか評判とか人間関係みたいなものがあるからで。
読み進めてみるとホッブズはまさにそういうものも含めて 「主権_Sovereign Power」という力を想定していたんですよね。
つまりその力には武力だけじゃなくて、社会的圧力の "脅し" みたいなものも含まれてる。

そう考えたら確かに僕らが約束を守るのは広い意味で 「脅されているからだ」 ということが腑に落ちた。
そういうものを前提条件として国や社会の秩序が成り立っているということにも納得した。

そういう解釈から安倍晋三さんの銃殺事件を考えたとき、こういったテロ的な銃撃というのは "脅し" の中でもすごく強いものだと思うんです。
国や社会でたとえるなら、死刑を執行する権限を、どこぞの個人が持ってしまっているようなもの。
(逮捕されるのだから、自分の人生と引き換えの一度きりの執行ということにはなるけど)

それによって "脅しの権限" が国から個人に奪われることは、国や社会を成り立たせていた秩序の根本が変わってしまうことにもなりかねない。

だから「犯人の動機」とか「安倍晋三さんが狙われた理由」とかじゃなく、国政選挙の投票日直前の演説中に元首相が銃撃を受けて死亡したという事件そのものの性質について、各政党とかのレベルじゃなく国の根幹に関わる問題として取り組むべきだと僕は思っていた。

でも事件に対する反応を見ると、 "武力的な脅し" を国に代わってどこぞの個人が行使できることの重大さがあまり共有されていない気がした。
それが、事件そのものではなく元統一教会の問題ばかりが取り上げられることへの違和感の正体だったんだと思う。

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もちろんホッブズが100%正しいことを言っているとは思いません。
"脅し"によって秩序が成り立っているという解釈は、あくまで400年前にホッブズさんが書いた考え方でしかないので。
僕個人的には、家族間とか顔の見える範囲ならば 「脅しではなく、利他的な動機によって約束を守る」 こともありえると思っている。

いまちょうどモンテスキューを読んでいるんだけど、彼はホッブズとは違って、 家族や友人同士の "利他性" いわば性善説的な動機が、国・社会の基盤になっているという解釈をとっている。
もし日本の多くの人々がこういう解釈をとっているなら "脅し" というものをそれほど重視しない考え方も理解できる。

ただ21世紀を生きる僕の考えでは、そういう内発的な利他性というのは、あくまで遺伝子Genomeが想定する規模までしか届かないものだと思う。
つまり、まだ大規模な文明Civilizationもつくらず、せいぜい数百人以下の群れで暮らしていたころの生活に合わせてできあがった遺伝子なのだから、何千万人とかいう規模の国の秩序は、そんな本能的な利他性だけじゃ説明できないだろうと思っている。

日本国内だけ見れば、神道・天皇からつながる「国民 = 大家族」的な伝統と、実際にほとんど単一の民族によって成り立っている島国の特殊な環境と、更に戦後の平和主義憲法の影響などで、武力の "脅し" を意識しなくても秩序を保てているんじゃないかと思う。
かなり稀有なかたちではあるけど、モンテスキュー的な利他性を基盤にした秩序が成り立っているのかもしれない。

ただアメリカやヨーロッパや中東なんかの、多様な民族が流入・流出をくり返してきた地域を見れば、"脅し" なしで成り立つ平和なんて夢物語だという気がしてくる。そしてどちらかといえばそういうホッブズ的な考え方のほうがグローバルスタンダードに近いんじゃないかと思っている。

こういう考え方をすると、軍事や国際政治を専門にする三浦瑠麗さんや、ホッブズに近いといわれるルソーを研究していた東浩紀さんが、"テロ的な脅し" にウェイトを置いた発言をしたのも納得できるというか。

とりあえずまだ銃殺事件から3週間しか経っていないし、犯人は既に逮捕されてるし、斎藤環さんがこの記事でいってるように統計的に凶悪犯罪が増加してるなんてこともないし、"脅える" 必要はないと思いました。


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