野生復帰の難しさ~NHKスペシャル オランウータンいのちの学校をみて~

今回のNHKスペシャルは、BSで放送されていたジャングルスクールという番組の総集編という感じの内容であったが、あいにくそのBSの番組を見ていないので、今回が初見という形であった。

インドネシアのカリマンタン島(ボルネオ島)にある、オランウータンの保護や野生復帰を行っている施設の密着ドキュメントで、オランウータンが野生復帰するために大切なことを教えていくという、『学校』としての活動を記録していたものだ。オランウータン(ボルネオオランウータン)はこの100年で数を劇的に減らしており、密猟や生息域の減少などが原因に挙げられている。そんな中で、オランウータンを保護し、野生復帰を目指していくというこの施設の取り組みを取材して仕上げたのが、今回のNスぺであった。

野生動物の野生復帰というのは、考えているよりもとても難しいことである。親からはぐれた生きものを単に保護するだけでは、野生動物の保護にはつながらない。というのも、もしかしたら親離れしている途中の段階なのかもしれないし、日本で傷病動物として引き取られてくる生きものの場合は巣立ちの段階のときに誤って保護されたということもかなりの数に及ぶ。けれど、今回の番組は、そういったことではなく、「野生動物の野生復帰」についてありのままを伝えてきたものであったと感じている。

オランウータンに限らず、東南アジアの生きものはアブラヤシのプランテーション開発によって住処を奪われている。そして、そのアブラヤシで作られている「パームオイル」は、日本にも流通している。もし、すぐにその流通をとめたとしたら物流や経済には大打撃を与えるくらい、安価で身近なものとして広まっている。そして、現地で暮らす人々の大切な、日々の暮らしを守る収入源にもアブラヤシはなっているのだ。とはいえ、「安価だからこそ」大量に売ることで何とか利益を確保したいという状態になってしまっているというのも問題なのである。

番組内では、明らかに野生環境においては生きていくのが難しい個体である、片手を失ったケシーと、メラニンがとても少ない個体であるアルバの「ふたり」を中心に取り上げられていた。そんな彼らであっても、野生復帰をさせようとするという姿勢に関しては素晴らしいと思うのであるが、一方で「野生復帰が難しい個体であるからこそ、人間が保護しておくべきなのではないか」という思いを抱いた部分もある。そして、そもそもの話として「野生復帰を目指したとしても、暮らしていける場所がなければ成立し得ないこと」なのではないかという思いも抱いている。前述したとおり、生息域は減少している。それが人間が暮らしていく環境を「整える」、いや、この言い方では語弊がある、人間が暮らす環境のためにそれまであった環境を人間向けに壊してから作っているという感じで野生動物たちの住処を奪ってしまった。それはオランウータンに限らず、熱帯雨林に生息しているすべての動植物の住処を奪っていることである。だからこそ、それを止めることも大切なのだが、オランウータンを野生復帰させていくだけでは解決し得ない問題でもあるのだ。

まず、前者の問題である「野生下で生きるのが難しい個体に関しても野生復帰を目指すべきか」という考えから整理していきたい。

日本でも、傷病動物を動物園などが保護した際、そのまま野生復帰できないような個体に関しては動物園で飼育・展示するというようなことが行われている。例えば、キツネやタヌキといった身近などうぶつや、アライグマといった特定外来生物を捕獲した際に殺処分しない場合など、動物園で暮らしていくようにしていくことだってある。けれど、今回取り上げられた施設は、野生復帰を目指す施設なので、もしかしたらあまりにも数が多くなってきたら他の施設へ移動させていくことだってあるかもしれないが、遠くへの移動となると生きものたちへのストレスにもなるし、野生復帰という目的から離れてしまうと施設が目的としていること以外のことになるため、難しいのではないかと思える。

それに加えて、野生動物の保護というのは、人間のエゴが入り込んでいる、ということもあるかもしれない。野生で淘汰される可能性があっても関係性を最小限に留めておくべきか、それともガッツリ介入すべきか、そういったことのどれが1番正しいのかは分からない。けれど、どれが1番良いのかを決めようとすれば、そこに人間のエゴが関わってくる。場所は変わるが、中国ではジャイアントパンダを手厚く保護しているのだが、本来のジャイアントパンダの生息域においては、「ジャイアントパンダ以外の」生きものの生息数が減少しているというデータもある。いくらジャイアントパンダだけを手厚く保護したところで、それ以外の生きものの数も増えなければ、野生動物の保護とは言えないのではないかと思う部分もあるが、それ以上にパンダ外交という言葉が示す通りに「ジャイアントパンダは政策の道具にも使える」という面があるからこそ、手厚く保護されている。個人的に好きな生きものであるイヌ科のドールも、ジャイアントパンダの生息域に暮らしている生きものであるのだが、その地域においては数を減らしているし、どうしても保護の優先度が高くないということもある。

どうしても、野生動物の保護には優先度があるようで、それを決める際にどうしても人間のエゴというものからは逃れられないのかもしれない。それこそ、生息環境を守るということをしていき、そこに人間が立ち入らないようにすべきという感じにでもしなければ、なかなか難しいだろう。

そういったこともあり、野生復帰だけでなく、環境整備も大切なのではないかという意見もあるかもしれないが、おそらくそう思う人が既にいて、活動を行なっていると考えた方が自然だろう。しかしながら、土地は有限であることから、人間が暮らしていく土地を優先して開拓していくとなると、対立が発生するということは想像に難くない。その対立の中では、人間優先で物事が進んでいくことだろうし、利益を出しにくいことをやっているとなると、過激な人から襲撃されるということだってあり得るのではないだろうか。

では、我々はどうやっていけばいいのだろうか。

まず考えられることは、「これ以上プランテーション開発をしないこと」である。パーム油の使用量を減らすとか、現地で暮らす人や環境に配慮した方法で生産されたものを使用する量を増やしていくなど、無理なプランテーション開発を止めていくことで、これ以上熱帯雨林の破壊を止めていくことが大切である。その上で、少しずつ熱帯雨林の再生を行っていくことが求められるのであるが、ボルネオ島の地質は粘土質で腐葉土が雨で流されやすいことから、人間の時間感覚で言えば相当な長さで形成された雨林であることが分かるので、一朝一夕でできるようなことではない。それでも、未来のために行っていくことが大切であるのだが、あまりにも時間がかかることもあり、難しいというところもあるだろう。

それに、これからの未来で、パーム油の需要が減少した際に放置されるであろうプランテーションの問題も出てくるのではないだろうか。今はまだ需要が多くあるが、将来的に人口バランスが変化していくことや、いわゆる先進国での需要が変化することなどによってパーム油のニーズが変化した際、バブルが崩壊したことによって放置されるプランテーションが出てくるのではないだろうか。そうなってくると、元の熱帯雨林と比べて緑の砂漠と化した場所では、オランウータンなどの生きものは暮らしていけなくなるだろう。そう考えると、今のうちからできることはしておかなければならないと考えている。

話がそれたが、野生動物の保護というのは、なかなかできることではない。しかし、いくら野生動物を保護して野生復帰を目指したとしても、場所がなければ難しい。しかし、場所を元に戻すには、とても時間がかかる。だからこそ、我々は、これ以上場所を破壊しないようにすることが大切だし、できることは限られているが、それでもやっていくことが大切なのではないだろうか。

未来を据えて、それで行動していく必要もある。そんなことを思わせてくれた番組だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?