見出し画像

松尾研は何に失敗したのか?

新年最初の投稿が批判めいていて恐縮だが、日本のAIの権威である東大の松尾研が香川県三豊市(みとよし)の「ごみ出し案内」ボットの開発に失敗したことを取りあげる。

このプロジェクトには、ニーズ(課題)とソリューション、さらに失敗判定の理由(イシュー)があって、AIで次に何が出来るか考えるヒントになっている。

プロジェクトの概要

報道によると、三豊市のニーズは以下の3点である。

  1. ごみ出し案内の情報はWebサイトにもあるが、ユーザーが検索しないといけないので、手間を減らしたい

  2. 非日本語話者の住民が増えており、多言語(50カ国語)対応したかった

  3. 5〜10件/日の問い合わせ負荷を軽減し、24時間/365日対応を実現したかった

報道によると、プロジェクトが失敗判定された理由は以下の5点である。

  1. 「プラスチック容器の捨て方」ではなく「ファブリーズの捨て方」を聞かれるなど、普通名詞と固有名詞の対応関係が豊富にあるため、適切に案内できない

  2. 「明日、〇〇地区では可燃ゴミを捨てられますか」ではなく、「明日、可燃ゴミを捨てられますか」になるなど、回答に必要な情報をユーザーがすべて述べるとは限らないため、聞き返しが必要である

  3. 学習済みであっても適切に回答できない場合があり、ユーザーが間違いに気付いた場合、指摘を受け入れて再回答させないといけない

  4.  Webサイトに掲示している分別の基準はすべてのゴミを網羅しているわけでなく、未学習の問い合わせに対して公式の回答をするには、結局のところ人間の対応が必要である

  5. たとえ回答が正確であっても、不安が残る市民からの問い合わせには人間が対応しなければならず、業務負荷の軽減にはつながらない

どうすれば住民サービスをAI化できるのか?

失敗判定された理由のうち、1、3は運用の問題である。人手をかけずに運用できるシステムは存在しない。夢を見るな、夢を見せるな、ということであり、現行の運用コスト<システムの運用コストであるとわかったのなら、プロジェクトとしては成功判定だ。2も運用の問題だが、解決可能である。4、5は市役所の公式サービスであることに起因する。たとえば三豊市の基準では、消費期限が長めに設定されているアルミ付き紙パックは「紙製容器包装」扱いでごみステーション(集積場)で収集される。一方、内側が白い純粋な紙パックは「紙類(紙パック)」となり、持込場所で回収されて、リサイクルされる。

市役所の公式サービスだから、内側が白い牛乳パックは紙類としてリサイクルすべき(容器包装リサイクル法)と案内するしかない。しかし、住民によるごみ出しの実態としては、リサイクルするためにわざわざ牛乳パックを洗って、展開して紙類としてまとめ、回収場所に持っていく、というのは「面倒な話」だ。

行政自身がAIサービスを開発することの課題

実態としては意識の高い住民がリサイクルに参加するだけで、牛乳パックはリサイクルされず、単なる紙くず扱いで燃やせるごみ(可燃ごみ)として捨てられるほうが多いはずだ。ここに行政の厳密性を持ち込むから失敗判定するしかなくなるわけで、「民間のAIサービスが勝手にやっている」という建て付けにして、内側が白い純粋な紙パックが紙くず扱いされるのを許容するほうが、ニーズ1〜3を満たせる。本質的に防ぐべきは、ごみ出しルールがわからず、可燃ごみの収集日に使い切っていないガスボンベ缶を分別せずに生ゴミと一緒にゴミ袋に入れてしまい、ゴミ収集車の中で爆発、火災になることだ。こういうゴミ捨ては、回収場所の無秩序を生み、安全安心を重視する人々と、ルールに無頓着な住民との軋轢につながる。ようは、「絶対にすべきでないこと」と「できればすべきこと」の線引きに失敗し、ゴミ捨ての実態に配慮せず、完璧を目指したことにこのプロジェクトの失敗の根本がある。課題解決の現場にプラグマティズムではなく、教条主義や完璧主義を持ち込んだ三豊市のプロジェクト推進者が愚かである、と考えるべきだ。