金髪にしたらええねん【日記R6.8.4】

 夕立ちの中僕が実家に着くと、すでにすぐ隣に住んでいる父の友人Dさんとその家族、それから父の弟が集まってビールを飲んでいた。

 特に白いシンプルなデザインの入ったTシャツを着た父の弟は朝から呑んでいるらしくべろべろに酔っぱらっていて、僕を見るなり、お兄ちゃん、あのう、久しぶり、叔父さんなあ、もうう、うん! といってビールを一口飲み。みんな、みんなな、にやにや笑いながらぐるりと周りを見回した。ご機嫌なんやわ、うん! うう、お兄ちゃん、叔父さんな、こんな叔父さんで、すんません。といってなぜか頭を下げた。だいぶん酔っぱらっている。

 僕が荷物を置いて適当な空いている椅子に座ると、面倒見の良いDさんの奥さんのAちゃんが、何食べる、何食べる、と聞きながら紙皿に料理をよそい、バケットに明太子のソースを塗って僕に渡してくれた。Aちゃんはアジアの外国出身で、さばさばと飛び跳ねるような思い切りのいい喋り方をする。

 Dさんのところの二歳になる男の子が、初めて会ったときと比べてずいぶん色々なことを伝えられるようになっていて驚いた。アレ、アレ、とフルーツポンチの入ったガラスの器に手を伸ばし、僕がスプーンでパイナップルをひとかけら掬ってあげると、アートー! と礼を言って、それを食べたかと思うと口から出して、Aちゃんにああもう出さない! と叱られながらしばし眺めまわし舐め回し、立ち上がって転がるように歩き出したかと思うと僕の父にべちょべちょになったパイナップルを差し出した。それ、食べかけやん、いややいややと笑う父を見て満足してから、そのパイナップルを自分で満足げに食べた。にゃにゃ、にゃにゃといって飼い猫を追いかけ、うちの飼い猫は尻尾を不機嫌そうに鞭のようにしならせてぱたぱた、口を逆三角に大きく開けてシャーシャー威嚇して、猫パンチを喰らわせるが、どうも子ども相手に手加減はしてやっているらしい。やがて飼い猫がベッドの下に引っ込んでしまうと、にゃにゃいない、といって大声で泣いてから、ぱったりと猫のことなど忘れて大人しくなった。

 Aちゃんは、私この外国人の顔でしょ、だから文句言いたい人がいっぱいおるの、私それね、我慢。我慢するけどほんとは頭の中言いたいこといっぱいやけどな! Aちゃんはカラカラとした気持ちのいい笑い方をした。我慢して我慢してな、たまったらバーンって、ぜんぶ言うねん。それ止まらない。止まらないから自分が怖いね。仕事も、私ねちねち言ってくる人おって我慢するけど、仕事は早いねん、だからたまにオラ! ってぜんぶ言うねんオラオラ、お前いらんこと言ってんと仕事しろお! 仕事もろくにせんと、おかしいやんな? それって、ねー、といってビールを飲んだ。Aちゃんは酒に強い。

 僕はろくに酒が飲めず、気分が良くなる前に頭が痛くなる。一度だけやけ酒をしたときにそれを押してさらに飲んだことがあったが、何もかもが吐き気に変わるだけで気分もさして変わらず、記憶を飛ばせるようなことも別になかった。薬を飲み始めて本当に酒が飲めなくなり、口実としてはちょうど良かった。僕はアイス・コーヒーをぐびぐび飲んでAちゃんの話を聞いていた。

 遅れて父のもう一人の友人のYさんが来た。Yさんは釣りに行っていたらしく、釣ったイカの入った袋を土産に提げて来た。父もDさんも何イカなんと聞き、ヤリイカと、ケンサキ。父の弟はYっぺ、Yっぺ、とYさんのことを呼び、どういう文脈かわからないが、あるいは酔っ払いの話に脈絡があるのかは定かではないが、何か父のことを言っている。あかんもう、アホやねん。といってにやにやしながらそのまま寝転がった。お前の方がアホやでといって、父は笑っていた。Yさんは運転があるのでビールの代わりにいつもコーヒーを飲んだ。

 僕がコップを濯いでから一服しようとベランダに出ると、Yさんが小型の折り畳み椅子に座ってタバコを吸っていた。アレ、兄ちゃんもタバコ吸うん! Yさんは、目を見開くと猫っぽい印象があった。仕事忙しなって吸うようになりましたねえと答えながら僕はピース・ライトに火をつけた。Yさんとは仕事の話になった。Yさんは一時期、残業代が基本給を超えるくらいの残業を続けていた。いやいややっていたわけではなく、どうも自分から仕事に入っているらしいと父から聞いていた。あれ誰か労基に通報したらやばいで、絶対。言葉と一緒に煙を吐きながらYさんは笑った。

 父の弟は覚束ない足取りでトイレに入ったまま出てこなくなった。トイレに行きたくなったAちゃんが近くの家まで帰って、また戻ってきて、それでも出てこない。父が確認すると、寝ぼけているだかなんだかわからないがとにかく死んではいないらしい。しばらく玄関の方でぼーっとしていたが、こちらへ来たかと思うと、帰ります! Yっぺ、帰るぞ! それで来たばかりのYさんも帰ることになった。車で家まで送っていくそうだ。Yさんは一時間足らずで父の弟とともに帰っていった。

 Dさんは兄ちゃんは最近どうなんと話しかけてくれた。僕は休職中で、ちょっとずつでも働き始められる仕事を探していると話した。どういう仕事が合うかって、わからんでな、と呟いてからDさんは、兄ちゃん、金髪にしたらええねん。金髪ですか? イメチェンや。と言ってにっこりと笑った。人ってやっぱり、見た目で判断するところあるやん。だから見た目が変わったら、人の目も変わるし、自分の姿が自分で見えるやん、だから自分が変わるってこともあるかもせん。僕はこういうとき、わかりました! と言ってすぐに金髪にすることもできなければ、いや、金髪にはしませんて! と言ってけらけら笑うこともできない人間。ははあ、金髪、考えてみます、とか言って、玉虫色というのかもしれない。そんなので心を開いて人と喋ったりとかはできないのである。あとな兄ちゃん、銭湯に、バスタオル一枚だけ持って行ったらええわ。それで風呂入るときは何も持たへんねん。手ぶらでな、前を向いて、堂々と歩くねん。それでも何か変わるかもせんで。俺は銭湯あんま好きちゃうねんけどな。風呂入って、風呂出て、家帰ったらまた汗かいてるやん。風呂入ったあと汗かくのいややねん。

 それからしばらくして、DさんとAちゃんが何かよくわからない理由で喧嘩して、Aちゃんだけが帰ってしまった。Dさんが子どもを抱えながら、ごめんなあ、ほなもう帰るわあと笑って礼を言ってから帰っていった。大方酒の飲み過ぎで余計なことを言ったらしかった。

 金髪はともかく、銭湯には行ってみようと思う。

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