新宿いちばん好きな街【日記R6.8.17】

 東京に遊びに来てくれた友人と一緒に、朝から新宿三丁目の喫茶店「珈琲喫茶エジンバラ」に向かった。サイフォンコーヒーが楽しめて、煙草が吸えて、24時間開いている、最近では貴重なスタイルの純喫茶である。

 いつも夕方一服するか、夜通し粘るような使い方ばかりしていたので、モーニングの時間帯に来るのは初めてだった。トーストとコーヒーのセットを注文した。厚切りのトーストが布団みたいにふかふかしていて美味い。

 新宿に初めて降り立ったのは、友人が笹塚に住んでいた頃に、京王に乗り換えるために新宿で集合したときのはずだ。そのときは友人に連れられて、右も左も分からないままほとんど新宿を通過したも同然だった。

 それからも18きっぷなんかで通りかかる機会はあったが、自分ひとりの足で新宿に立ったのは就活が始まってからだった。

 夜行バスで上京して、朝のバスタ新宿に放り出された。騒がしくてうるさくて、色んな臭いがして、数万種類の服装をした人間がいる。わけのわからない街だというのが第一印象だった。戦後の闇市の鍋の中を歩いているような気持ちがして、僕にとっては正直、あまり有難くない街だった。

 それでも東京に大した居場所の無かった僕は、バスの時間までバスタ新宿の待合室でESを書いたり、場末の叩き売りみたいな価格のカプセルホテルに泊まったりして、なんだかんだ新宿の世話になった。

 東京の出版の会社に就職してからは、僕の行動範囲はどちらかといえば神保町のある千代田区側になった。ときどき研修や何やで紀伊國屋に行くくらいで、新宿を歩く機会は少なかった。

 ある理由から煙草を吸うようになって(大方仕事が忙しくなってきたからである)、煙草の吸える喫茶店を探すようになった。それで「珈琲貴族エジンバラ」を発見した。冬コミの前などはピース・ライトを吹かしながら夜通し原稿をやった。紀伊國屋が近くにあることもあって、僕は新宿東口から三丁目にかけての界隈が少しずつ好きになった。

 春先に体調を崩して、仕事を休むことになった。その際、今度は新宿駅の西側にある病院の世話になった。昼間の甲州街道はものすごい人出で、とてもじゃないが辺りをうろつく元気は無かったが、それでもまたしても新宿という街に世話になる形となった。

 諸々あって家が心落ち着く場所ではなくなってしまった僕は、朝家を脱出して、丸一日好きな列車に乗って、終電が終わってしまうとエジンバラで朝を待った。

 朝日が昇って、人通りの少ない寝ぼけた新宿の街を歩きながら、誰かが「新宿はあらゆる人間を受け入れる街だ」という意味のことを言っていたのを思い出した。気がつけば、僕が東京でいちばん好きな街は新宿になっていた。

 まもなく東京の自宅を引き払う。新宿が気軽に行ける街でなくなってしまうのが寂しいと思う。新宿との別れを寂しいと思う日が来るとは思わなかった。また機を見て遊びに来ようと思う。必要なときに、自然向こうから呼ばれるんじゃないかという気もしている。

おわり

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