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銀行員と転勤について

銀行員だった僕にとって、隔地間転勤に伴う引っ越しは、文字どおり、日常茶飯事であった。僕にとっては、仕事を続ける以上は面倒でも割り切るしかないものと諦めていたし、そうでなければ、そもそも銀行員などという職業を選択しなかった、家族にとってはかなり迷惑なことであったことだろう。もっとも、子どもが大きくなると学校の問題もあって、帯同するのが困難になり、僕が40代を迎える頃から後は、単身赴任が基本パターンとなった。

家族揃っての引っ越しと、単身での引っ越しでは、手間と労力はケタ違いに異なる。僕は経験ないが、海外赴任ともなれば、もっとタイヘンであろう。

世の中の「働き方改革」が進み、特に若い人たちの仕事に対するスタンスがここ数年、すごく変わってきたと思う。コロナ渦の影響もある。リモートワークが珍しいものではなくなったこともあり、満員電車に詰め込まれて長距離通勤をするような生活が好まれなくなってきたこともある。優秀な社員を雇おうと思えば、その辺りの若者の価値観の変化に対して、企業側も配慮せざるを得なくなっている。

というわけで、伝統的かつ保守的な日本企業の代表格のような大手銀行も、ついに「聖域」たる転勤制度に手をつけることになったというのは、かなり大きな変革と言って良いだろう。

名前の挙がっている銀行、三菱UFJ信託、みずほ、三菱UFJ等、大手銀行がそうした動きになれば、他の金融機関や一般企業も同様の対応を検討せざるを得なくなるに違いない。

地方銀行とか信金・信組のような地域密着型の金融機関の場合、一部の例外を除けば、引っ越しを伴うような隔地間転勤はあまり多くないのかもしれない。

そもそも、金融機関で定期的に転勤が行なわれるのは、取引先顧客との癒着による不正の防止にある。お客さんとのつきあいが長くなり、互いの関係が深まってくると、お客さんのニーズと必ずしも合致しないような金融商品を押し込み販売的に買わせたり、必要ないおカネを貸し込んだりといった行き過ぎた営業活動をやってしまい、後々のトラブルに発展する危険性がある。

もっと悪質なのは、取引先と共謀したり、騙したりといった金融犯罪の領域にまで踏み込んでしまうことである。

そうした不正を未然に回避するために、金融庁からも営業担当者の定期的な異動を行なうよう指導している。隔地間転勤を伴わない「エリア限定」の社員であっても、取引先を担当する場合、同じエリア内で異動させたり、担当する取引先を入れ替えたりといった次善の策が取られていることが多いのも、同じ理由による。

経験上、こうした措置には一定の効果があるのは事実である。

同じ取引先を長期間にわたり担当していることで、取引先と銀行担当者の一線を越えてしまい、共謀して悪質な金融犯罪に手を染めた事例がある。このレベルになると、転勤することで後任の担当者に悪事がバレるのを防ぐために、取引先企業を自分の新たな赴任店に「移管」してしまうツワモノの担当者もいる。取引先を自分と一緒に連れて行くのだ。

もちろん、取引先の移管手続き自体が異例な話であり、通常ならばなかなか認められない。しかしながら、取引先から強く銀行サイドに申し入れをさせて、希望が受け容れられなければ、取引を解消するとか脅しをかけさせたりすると、最終的には認められることがある。不正を首謀している担当者が営業成績抜群の稼ぎ手で(不正な手段で高い実績を挙げている場合)、大いに儲けさせてもらっている大切な取引先だったりすると、無理筋なお願いも通ってしまうのだ。

で、こういう場合であっても、やがてはどこかの支店で悪事が発覚してしまうことになる。その場合、複数の支店を跨ぐ大事件に発展したりする。チェック機能が働いていないと言われれば、そのとおりなのだが、銀行も客商売なので、儲けさせてくれる大事な取引先とか、稼いでくれる優秀な行員にはどうしても甘くなってしまうのは仕方がない。

したがって、担当者だけを転勤させても、取引先も彼と一緒に動かしてしまっては意味がない。

一方で、メガバンクのように短期間でコロコロと担当者が代わるようでは、取引先のことを深く理解するのは難しいから、地銀・信金のようなエリア密着型の金融機関の方が信頼できるという考え方もある。地元金融機関が頑張っているような地方に行くと、そういう声を聞くことが少なくない。

これもまた正しい。地銀・信金などでも転勤はもちろんあるが、同じ地域の中をぐるぐると回っているようなものだし、職員の方も地元出身者で地縁・血縁があるようなケースが多いから、取引先との人間関係も濃厚になる。親兄弟が知り合いだったり、学校の同級生だったりするからだ。

海外のプライベートバンクなんかだと、同じ担当者がずっと担当することが多いという。その方が、クライアントのことを十分に理解した上で、中長期的な視点に立った適切な助言や提案ができるからである。また、短期間で転勤するのが前提となれば、自分の在籍中の営業実績にばかり関心が向いてしまうのは避けられない。

僕としては、「全国型」「地域限定型」の2種類のルートを用意して、どちらを選択するかは、銀行員個々人に委ねれば良いと思っている。

「全国型」は、従来どおり、短期間でいろいろな部署を経験しながら、出世したい人であり、その代わり、海外も含めて隔地間転勤も否とは言えない。「地域限定型」は、地銀・信金と同様に、特定の地域内でしか転勤はしないし、引っ越しを伴うような転勤もない。その代わり、昇格も特定の地域の幹部ポストまでというイメージ。優秀な行員でも、ずっと地元にいたいと考える人は少なくないはずであるから、最終的には個々人のライフスタイル次第ということになる。

それに、不正防止のために担当先を入れ替えるとか、転勤させるという発想自体が少々古いと思う。不正防止のための手段は他にもいくらでもある。AIのような最新技術を駆使すれば、異常な取引や資金の動きを検知するやり方くらいいくらでもありそうだからである。


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