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「クールジャパン」について

「クールジャパン」という言葉だけがひとり歩きしているが、10年にもわたり、官民ファンドで成果の上がらない活動をやっていたという話である。

<経済産業省が所管する官民ファンド「海外需要開拓支援機構」、通称クールジャパン(CJ)ファンドの累積赤字が注目されている。財務省は2022年夏、「成果が上がらなければ統廃合を検討する」と通告した。機構の10年間の歩みを点検すると、目的の曖昧さ、官民の役割分担などを海外の成功例から学ばない慢心、株主と投資先の不透明な関係といった問題点が浮かんでくる。>

詳細は日経の記事を読んでもらいたいのだが、結局のところ、何をやりたいのかよくわからないファンドである。株主と投資先がかなり重複している。出資先企業としては大手広告会社や流通業が並び、投資先もそうした企業が重なる。要するに公金が還流する仕組みが作りたかっただけなのではという感じである。東京五輪にまつわる汚職も同じであるが、もっともらしい理由をこしらえて公金を使って美味しい思いをするのが得意な人たちが、広告会社周辺には多いようである。

政府とその取り巻きの勝手な迷走とは関係なく、日本のアニメや漫画、和食等の日本発のカルチャー自体の世界的な評価は依然として高い。要するに税金の無駄遣いなどする必要はまるでなかったし、そもそもが、お上の出る幕ではなかったのである。

和食の話はさておき、日本のアニメとか漫画というものは、お上に保護されて育成されたお陰で今日のように隆盛を極めることとなったわけではない。むしろ、事実はその真逆であり、子どもにとって有害だと言われ、PTAをはじめとするオトナたちからさんざん迫害を受けてきたというのが事実である。

「漫画の神様」手塚治虫の作品でさえ、有害図書に指定されたことがある。「やけっぱちのマリア」「ふしぎなメルモ」「アポロの歌」といった性とか性教育をテーマにした漫画をたくさん描いているからである。手塚は他にも戦争と平和、生と死、人間と地球、国家のエゴなど深淵なテーマの漫画を初期の頃から描き続けている。漫画という表現媒体の可能性を一気に押し広げて、従来だったら小説とか映画でしか描けないと思われていたようなテーマまで漫画で描けることを証明したのは手塚の功績であるし、現在の日本漫画の発展においてきわめて大きな存在であるのは間違いないのだが、生前、お上に誉められたり支持された実績はほとんどない。もちろん、文化勲章にも文化功労者にも選ばれてはいない。「神様」でさえ、その程度の扱いなのである。

日本の漫画文化というものは、「トキワ荘」に象徴されるような、ブラックで非人道的な労働環境に耐えつつ漫画制作に取り組んだ手塚のフォロワーである若い漫画家たち(当時の)の頑張りによってその多くの基盤がつくられたことからも明らかなように、成り立ちからして家内工業的であり、サブカル的であり、文学に比べて数段劣る評価を受けつつ、文化的なメインストリームから外れたところから成り上がって来た経緯がある。

お上からは邪魔や迫害をされたことはあっとしても、長らく保護もされず称賛もされなかったのに、今ごろになって手のひらを返されて、「クール」とか言わても、何やら悪い冗談のようにしか感じられない。

アニメも同様である。こちらも手塚が関わっているのだが、草創期のテレビアニメは若いアニメーターたちが奴隷並みに安い単価でこき使われて制作されていた。日本アニメの制作現場のブラック体質が今もあまり変わらないのは、手塚の責任だという声もあるが、こちらもお上は何もしてくれない環境下で雑草のように育ってきた経緯がある。

要するに、漫画もアニメも今までお上から何もしてもらえなかったし、今さら何もしてもらわなくても大丈夫なのである。にもかかわらず、ファンドをこしらえて商売のネタにしようという姿勢自体、いかがわしさしか感じられない。

日経の記事によれば、英国や韓国は同様の施策によって一定の成果を得たようである。たしかに韓国の文化発信力はすばらしい。日本と違って国内マーケット規模が小さいから、海外に打って出ないことには稼げないという切羽詰まった事情もあったにせよ、国としての戦略が的を得ていたのは間違いない。

英国や韓国にできることが、なぜか日本政府にはできないのである。戦略的な取り組みが苦手な民族だからか、そもそも当初の動機が不純だからか。

たぶん両方だろう。


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