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啓文堂書店小説大賞の受賞に寄せて

少し前の話になりますが、拙著『息が詰まるようなこの場所で』が啓文堂書店小説大賞2023を頂きました。推薦してくださったKADOKAWAの社員の方々、何の実績もない新人作家の本を目立つ位置に並べてくださった啓文堂書店の書店員の皆様、手に取っていただいた読者の方々のおかげです、重ねてお礼申し上げます。ちゃんと御礼を言えないまま締切に追われており、大変失礼しました。

渋谷店の陳列。地味に佐川恭一先生がタワマン文学にカテゴライズされる貰い事故が発生

「1年に1冊くらいのペースで新刊を出す」

今から1年ちょっと前。小説を出版するにあたり、さらに言うと「外山薫」というペンネームで小説家を名乗ることを決めた場面で密かに掲げた目標だ。

夢は大きければ大きい方が良い。そりゃ100万部売れれば少なからず人生が変わるだろうし、文学賞を受賞すれば社会的な栄誉だろうし、ドラマ化すれば広末涼子さんに会えるかもしれない。しかし、これらはすべて自分ではどうしようもないことである。

大ヒットするかしないか、メディア化されるかどうか、文学賞に選ばれるか否か――。これらを決めるのはすべて自分ではなく、他人だ。生活がかかっている職業作家ならいざしらず、趣味で小説を書く人間として、自分でコントロールできない要素に一喜一憂して神経をすり減らすのは精神衛生上よろしくないし、なにより馬鹿らしい。

その点、年1冊ペースで新刊を出すというのは、100%自分の責任だ。出版社から声がかからなくなるのであればそもそも小説家としての能力も需要もないということに尽きるし、年1冊程度であれば仕事に支障をきたしたり家族に迷惑をかけたりすることもない。商業作品を生み出す人間として市場の評価にさらされる覚悟はあるが、自分の中の価値判断は外部に委ねない。それが私なりの線引きだった。

そういう文脈があったので、今回、啓文堂書店小説大賞の候補作にノミネートされたと聞いたときの素直な感想は「チェーン店で平置きしてくれるなら売れそうだ、ラッキー」といった程度だった。錚々たる作品や作家に囲まれ、受賞の可能性をこれっぽっちも信じていなかったというのもある。

しかし、いそいそと啓文堂書店に足を運んでみると、浮ついた思いは一瞬で吹き飛んだ。チラシやポップからは、新人賞を取ったわけでもない謎の新人作家の、タワマン文学という謎のジャンルの作品を一生懸命紹介してくださっていることが伝わってきた。ネットでバズったり、マスコミに取り上げられたりしたから売れるというのとはまた違う、地に足がついた応援は非常にありがたく、嬉しかった。受賞の連絡を頂いたときは、思わず声を出してしまった。

錚々たる作品や作者に並べていただき、場違い感が否めない

ありがたいことに『息が詰まるようなこの場所で』は重版を重ね、様々な編集者の方からお声がけ頂けるようになった。プロ野球に例えると、育成枠で契約して支配下登録を目指していたら、気づいたら一軍のマウンドに立っていた、くらいの感覚である。

ここで「次はオールスターに選ばれるような選手になり、将来はメジャーを目指します」と言えれば格好良いのだが、冷静になって客観視すると、タワマン文学ブームという謎の現象に乗っかっただけの一発屋として終わる可能性は十分にあり得ると思っている。

メジャーに届かなければ負け、というゲームに身を投じて消耗するつもりはない。しかし、栄えある賞を頂いた以上、今後はそれに恥じない作品を世の中に送り出す義務が生じたという程度の意識の変化はある。これからも調子に乗ることなく、一軍と二軍を行ったり来たりしながら、記録に残らずとも誰かの記憶に残るような選手を目指し、キーボードを打ち続けたい。

関係者の皆様、重ね重ね、ありがとうございました。

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