早瀬耕「未必のマクベス」感想
有隣堂恵比寿店が日本一売った本という謳い文句に惹かれて購入しました。全607ページ。手ぇ疲れるわ。
以下、ネタバレを含みます。
読みやすくて長いと全く感じない、との書店ポップを信じて買ったけど普通に長ぇな!? ってのが読了後初手の感想。
句読点が多過ぎてリズムが悪く、スラスラ読めると豪語できるほどではないかな。まぁこの辺は好みによるものが大きいでしょう (私は一文が長めで、かつ、リズムのよい文章が好き)。
さすがのボリューム感といった感じで、内容としてはサスペンス、恋愛、経済、数学など盛りだくさん。ICカードに用いられるRSA暗号とその開発者を取り巻く何やかんやが繰り広げられていく物語で、サマーウォーズとかが好きな人は楽しめるんじゃないでしょうか。
ただ、この本を『純愛もの』として喧伝するのはいただけない。
正直、高校生の頃の初恋を中年になっても引きずっていて今の恋人(由記子)を蔑ろにする主人公、という印象が拭えなかった。
ネタバレになるが、最後、主人公が初恋の人に宛てた手紙の中で、「ぼくは誰も信じないでいることができなかった」とし、自らをおとしめようとしていた同僚の名前をいくつかあげていたくせに、現在の恋人については一ミリたりともふれていなかった部分。これじゃあ由記子が浮かばれない。
そもそも由記子は主人公の元上司(年上)で、同じ職場の旦那に、同じ職場の若い秘書と浮気をされ離婚した経緯があるのに、主人公は結局高校の頃好きだった人を選ぶことになるんですよ!?
なんやかんやあって国籍も名前も捨て別人として生きていかざるを得ない状況に追い込まれるのに、恋人(主人公)が死ぬ間際に思うのは高校のときに好きだった人なんですよ!?!??
そんで最後の最後、主人公は死の直前に初恋の人に手紙をしたためるわけですが、「君を信頼している」「君に二回も恋をした」とか書くのは、どうよ!?!??由記子については一ミリもふれない、というか悪気なく「無かったことに」になっている感じなのは、どうなの!?!??
あぁ中年男性の理想とする純愛ってこういう感じかぁ……と一度透けて見えてしまうとそこからうっすら冷めた感情で物語を俯瞰してしまう。
また、最後の森川(鍋島)の独白、「片思いのまま恋人と過ごしたことが懐かしかったのか」って部分も正直胸糞だった。いやいや、彼、由記子と別れてませんからね。なに恋人断定しとんねん。
鍋島の境遇を考えたら同情の余地はあるのかもしれないけど、そもそも周りの誰も信用できない状況で、二十年前に同じクラスだった男子(多分両片思いだった)を頼るっていう構造が、なんかこう、自分に酔っている感じがしてイマイチ物語に没頭できなかった。
一体この物語の『純愛パート』はどこの誰に刺さるんだろう。それ以外の要素は結構面白かっただけに、正直蛇足では……と思えてならなかった。二十年前の、記憶も定かでない、美化された初恋に酔いたいおじさんは共感できんのかな。
あとはシェイクスピアに準えたいがために展開に無理のある部分も若干気になりました。判が自身の思い込みにより自分自身をターゲットにするよう仕組んでいた部分とかは、正直意味不明だった。
また、本書はミステリーではないので読者を騙す構図は不要だと思うものの、鍋島=森川は割と早い時点で察せてしまうのでそこも少し残念だった。607ページものボリュームがあるのに、物語の根幹である鍋島の今の姿について察せてしまう文章が188ページあたりにあるので、そこから先の400ページは消化試合じみていた。さらに大きな展開があるのかと思いきや予想通り淡々と進んでいくし……
積み木カレンダーのくだりとか、数学的面白さ・ビジネスフィクション的な面白さはあるので、総じてみればそういうのが好きな人には勧められるかな。しかしやはり、アマゾンで絶賛されていたのは腑に落ちない。私の読解力と共感力が足りないせいかもしれないが。
あと裏表紙のあらすじに「痛切なる恋愛小説」とか書くのはマジでやめてほしかった。
「拗らせた中年男性の考える理想の恋愛小説」とかにしてもらわないと、607ページを読み終わったあとに胸糞感情を抱えないといけない私のような犠牲者が、今後も増えていくことだろう。