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2019年、語りたいレシピ本6冊

レシピ本が売れない時代などと言われながら、今年もたくさんのレシピ本が書店に多く並びました。
この記事では2019年(一部2018年)に出たレシピ本で、今年私が購入した本の中から、今っぽいな、新しいな、好ましいなと気になった6冊をピックアップ。
使って良かったベスト本というわけではなく、レシピ本の作りや企画やデザインなど、本を作る人やレシピ本好きな人と語りたくなる、いわばネタ本としてのご紹介です。ご興味ある方はぜひどうぞ。

坂口恭平『cook』(晶文社)

新しいものは専門の外からやってくるものだなと思いました。作家、建築家、音楽家などさまざまな肩書きがある(私の印象は思想家である)坂口恭平さんの著書です。厳密にはレシピ本ではないんですが、レシピ本の新しいスタイルになりうると思ったのでチョイス。

この本の何が素晴らしいといって、料理をする感動にあふれていることです。坂口さんは鬱状態のときに手を動かして料理をし、作った料理を食べるという行為の中に、生きるための光を見出します。

多くの専門家が作る料理本が、料理の技術を懸命に伝えるものだったり、近年の流れでいえば「料理はめんどうなものだから、もっと簡単に」というメッセージを発する中、坂口さんは「手首から先運動」である料理がいかに心身にとって良く、どん底の状態の自分を救ってくれているかということを、文章のパートで延々と語り続けます。

SNSでは「映える」ことばかりがもてはやされ、プロの料理家たちが「料理はしなくてもいい、手を抜いていい」と発信する。食べることが迷走している時代です。その中にあって、料理は生きることだ、生きることは料理することだ、という根源的なメッセージはストレートに響きます。レシピ本というよりは自炊をテーマにしたライトな哲学書という紹介がいいのかもしれません。

『たまご×ワタナベマキ=ソース』(誠文堂新光社)

レシピ本のここしばらくの流れとして「単品もの」が非常に増えているのは、書店やネットでのインパクトを重視しているからでしょうか。一冊まるまるその食材や料理について考えるわけですから、それなりに工夫が必要なわけですが、この本は解釈が面白かったです。

3冊シリーズで、『玉ねぎ×ワタナベマキ=だし・うまみ』『じゃがいも×ワタナベマキ=食感』と、このたまごの本で3部作です。つまり、ワタナベマキさんの解釈では、たまねぎはうまみで、じゃがいもは食感で、たまごはソースというわけ。その考えに沿ってレシピを組み立てています。

この本は料理はレシピを覚えるのではなく、実は基本の仕組み=構造で考えましょうという「構造もの」でもあります。構造的なレシピブックは有元葉子さんの『レシピは見ないで作れるようになりましょう。』の影響があって、後追い本が後を絶ちませんが、どれもちょっと小難しく見えちゃうんですよね。
この本は、読者に難しいことを考えさせずに、それを伝えようとしている感じがしました。

このコンセプトだったら、もっと写真を引きにして、スタイリングもシンプルにするとよかったのにと思いました。(写真そのものはとてもおいしそうなシズル感ある写真です)イントロの部分は明快なので、この感じが本全体を通して表現できたらもっとカッコいい本になったような。そういう本が売れるかどうかは別なんですけど、見たかったという意味で無責任に発言しておきます。

笠原将弘『超・鶏大事典』(KADOKAWA)

これも単品もの。賛否両論店主・笠原さんの鶏の本です。帯に【世界が認めた「鶏の名手」、笠原将弘】とあります。第一弾『鶏大事典』が2年前に出ています。「鶏大事典」で2冊目ですよ!いったいどういうことなんでしょう。

ターゲット誰なのかな?と不思議になりませんか。テイストとしては専門書というわけでもないけれど、一般の人は丸鶏さばいたりしないしなーとか、でもチューリップの揚げ物7種類とか載っていたりするところを見るとやっぱりプロが買っているのかしらとか。Amazonのレビューを見ても、なんだか求められていない読者ばかりがコメントしているような気がします。

で、いま「プロじゃないけれどネットでレシピを発信している人たち」が少なからずいて、そういう人たちが求める情報なのかもしれないと思いはじめました。そういえば書店では(笠原さんの本とはまた別に)魚のさばき方の本なども見かけました。

ネットで学べないものは、実は基本だと思います。
丸鶏のさばきかたやコンソメの作り方だって、ネットで探せる時代です。ただ、その質は玉石混交で、間違った知識もたくさん出てきます。基本を学ぶような人にはその見分けがつかないと思います。

とくに素材の扱い方や肉の火の入れ方は、プロと素人ではまったく違うので、やはり料理人による正しく基本的な食材の扱い方が本としてまとまっていると、情報を発信する側としては助かる。昔ながらの専門書は、現場で見て覚えろ的なそっけなさがありますし。

料理がどれも抜群においしそうです。笠原さん、ご実家は焼き鳥屋さんだというの知らなかった。鶏の人による鶏好きのための鶏の本。

樋口直哉『定番の“当たり前”を見直す 新しい料理の教科書』(マガジンハウス)

テキスト離れが進み続けてきた家庭料理のレシピ本に、料理技術や知識に関するテキストをこれだけの分量盛り込んでいるという点で、樋口さんチャレンジャーだなと思いました。本の核になったcakesの連載やnoteの記事も文章メインだからということもあるかもしれませんが、ウェブで一回ずつ読むのと、本でドンとくるのはやはり違います。(事実、スープレッスンだって連載は毎回かなりの文章量ですが、書籍ではかなり削っています)

昔の(昭和ごろまでの)料理本ってテキストだらけで、ページ開くとうわっとなるものの、実際に作る段階ではそのほうが情報量がたっぷりで親切。
でも、読者には2タイプいて「理屈はどうでもいいからおいしくできる最短の方法教えて!」というタイプと「料理の原理を覚えて自分で応用したい」というタイプがいます。この本は完全に後者向けですね。

樋口さんは作家ですから文章は抜群にうまいわけですが、文章力の高いテキストレシピの可能性は、もっと多くの人が探ってもいい気がします。文章が書ける料理家さんには、レシピじゃなくてコラム書いてくださいとなってしまうんですよね。レシピそのものの文章のブラッシュアップもあっていいと思います。

おいしさの理由をしっかり説明してもらえると、なるほどなるほど、そういうわけかー!と腑に落ちます。私もレシピからいくつも作ってみましたが、ハンバーグも生姜焼きも本当においしくできて、嬉しくなりました。

メスティン愛好会『メスティン自動レシピ』(山と渓谷社)

まず自分ごとで恐縮ですが、この10月に『朝10分でできる スープ弁当』という本を出したのが結構スタートダッシュで売れて、こんなにみんな、スープジャーを持っていたのか!と驚いたんです。

道具×情報という組み合わせは強くて、ストウブや圧力鍋、オーブンやレンジ料理などのレシピ本は定番ですし、過去にもシリコンスチーマーとかタジン鍋とかサラダ入れるメイソンジャーなど、何かしら流行りの道具や器はありました。

で、ようやくメスティンの話。これはアウトドア用品で、四角いお弁当箱みたいな形の飯盒(はんごう)です。人気コミック『山と食欲と私』でも主人公が使っていました。(それで『メスティンレシピ』という本がまず出て売れて、その二弾が本書です)
しかも、この『メスティン自動レシピ』では、材料を入れたメスティンを固形燃料にかけて、それが消えるときには料理ができあがっている「自動調理器」として使われているというのです。なんだかスープジャーみたいではないですか!

私がこのメスティンレシピで感じたのは、サイズと食べるシチュエーション。スープジャーもなんですが、基本は「ひとりで食べる想定」。食べきれるサイズで持て余さない、収納でも場所をとらないというのがいいのかなと思ったのです。それでいてひとりめしの寂しさがない。

もちろんメスティンはちょっと特殊なケースかもしれないけれど『山と食欲と私』で、女性の主人公が一人で山に登り、おいしいものを作って食べる、その姿が意外と新鮮に感じました。ひとりめしって心のどこかでおいしくないものだと、みんなが思っていたんじゃないでしょうか。でも山頂のおいしい空気の中、腹ペコで食べるごはん、おいしくないわけがないですよね。

山に限らず、ひとりでも、楽しくおいしく自炊して食べたい。それがかなえられたら、多くの人がもっと幸せになれると思います。メスティン、家で使ってもよさそう。メスティンスープ、つくってみたい。

『ムラヨシマサユキのチョコレート菓子~ぼくのとっておきのレシピ』(グラフィック社)

今回、チョイスした本で、ひとつ意識したことがありました。「男性も書店で手にとれそうな料理本」ということです。料理の本はそのメインターゲットが女性であることから、やはり女性向けのデザインや構成になっていることが多いです。とくに初心者向けほど、とっつきやすさを表現するためか、かわいい系のデザインになりがち。そんな中、男性が買ってもかっこいいお菓子本を一冊チョイスしてみました。

チョコレート菓子だからできたことではありますが、モノトーンの料理本って珍しいと思いました。あ、もちろん完全なモノクロではなく、生地の自然なクリーム色や、ところどころに差した器の色が効いています。ここ大事。料理は感性は本能に訴える部分もないといけないから、スタイリッシュだけでもダメなんですよね。
著者のムラヨシさんがスタイルを持っている方ということ、あとデザインに寂しくならないさりげない工夫がしてあって、できたことともいえそうです。版元がグラフィック社でちょっと納得。

男の日常料理本ってガテン系が多くて、でも家族のごはんを作る男性だって増えてきているし、ユニセックスでかつ親しみやすさのある料理の本は、もっとあっていいなあと思います。デザイン買えると読者も変わる。今あるシンプルデザインは、やや無難な方に振っているだけという感じがします。
デザイン優先にして、そこから逆算でレシピや器を選ぶのも面白そうですよね。スープ・レッスンのレシピで、そういうのやってみたいです。

これからの料理本

レシピ本を作る仕事をしていると「レシピ本が売れない時代」という言葉ばかり、嫌になるぐらい聞きます。でも、ちょっと違うと思うんです。だって、世界中の人が毎日何かしらを食べて生きている。食の本はある意味、全世界の人がターゲットになり得ます。YouTubeの料理動画などを見ると、もう私の理解を超えた世界で、私など完全においてけぼり感。でも料理本の世界はもっともっと」広いんだなという気持ちにもなります。

ここで取り上げたレシピ本は成功しているかそうでないかは別として、著者や編集者のチャレンジが見える本です。売れているものの後追いばかりしていたら、本屋はつまらない場所になってしまいます。本は文化だから、やっぱり明日の方へと向かっていくものであってほしいなと、読み手としても作り手としてもそう思います。

ちょっとマニアックな感じのレビューになってしまいましたが、みなさんも面白かった、役に立った、そんなレシピ本をぜひ教えてください。 #2019レシピ本 なんてハッシュタグつけてくださると嬉しいです。

こちら2019年の、私の本。ランチやお弁当の概念が変わるスープジャーのスープ本です。


読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。