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シチュー当番の採用試験

クラフトエヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』という本があります。

月光密売人や白シャツ工房、ひらめきランプ交換人なんていう不思議な職業が次々出てくる中、最後に登場するのが「シチュー当番」。冬の夜しかやっていない図書館で、シチューを作って利用者に配るというのがその仕事です。

もし、私がその図書館の館長だとして、シチュー当番の採用をしなくちゃいけないとしたら、どんな人を採るかなと考えました。シチューを作るのに必要とされる資質って何でしょう。手際の良さ?几帳面さ?体力でしょうか。

仕込みを済ませてしまうと、煮込んでいる間のシチュー鍋というのは、ほとんどの時間、やることがありません。むしろ触りすぎるのは良くないぐらいで、仕事のほとんどは「じっくり待つこと」です。機転の利きすぎる人やせっかちな人は向かないのです。

といっても、ぼんやりうわの空で待っている人や、放っておいて別の仕事に没頭してしまう無責任な人では鍋を焦げ付かせてしまう。実は私は没頭しちゃうタイプなんですよね。いくつ鍋をダメにしたことか。

鍋は、刻々変化していきます。そのタイミングをみはからって鍋をのぞき、アクをすくったり、水を差したり、鍋底が焦げ付かないようにちょっとかき混ぜたりする必要が出てきます。ディズニーランドの行列待ちとは待ち方が違うのです。

よく、シチューは鍋を仕込んだらあとは放っておいても大丈夫、なんて本に書いてありますが、これは誤解を招く表現だなあと思います。煮込み料理の上手な人って、放ったらかしのように見えて、実は心のアンテナを常に立て、鍋が発した細やかな変化をとらえて、でしゃばることなくそっとフォローできる人なんですよね。

シチューはもちろん、そういう人が職場にいたらいいなあと思いませんか。

というわけで、館長としましては、シチュー当番には「おおらかで受信能力のある人」を採用したいなと思っていますが、どうやって探せばみつかるでしょう。

……空想が過ぎました。仕事に戻ります。

クラフトエヴィング商會『じつは、わたくし こういうものです』文春文庫


読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。