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『有賀薫のだしらぼ』まえがき全文公開します。

5月13日に発売になった新刊『有賀薫のだしらぼ~すべてのものにだしはある』のまえがき全文を、noteで公開します。ここには、私がこの本で言いたいことがぎゅっと詰まっています。
加えて「だしの本を作ろう」と思った動機や経緯、どんな人に読んでいただきたいかなど、本の中では書けない話も最後に少し書いてみました。ぜひ読んでみてください。

はじめに

朝のスープを作り始めて11年、スープ作家としてデビューして7年。生活する人たちの日々の暮らしに添う、作りやすいスープのレシピをお伝えしてきました。そんな中で、もっともよく質問されるのが「だし」のことです。

私たちが通常「だし」というとき、それは昆布やかつお節、干し椎茸、あるいは鶏ガラなどの「だし素材」を使ってとるだしのことを指しています。ほとんどのだしの情報は、料亭やレストランで使われるようなハイレベルな「だし」をどう作り、どう使うかという情報に終始しています。結果として、一般の人は手軽な粉末だしやだしパックを使うことになりますが、そこには「これって手抜きなのでは?」というモヤモヤがつきまといます。

肉や野菜から出るうま味を利用して具材ごと食べる私のスープは、「だしを使わなくてもいいんだ」という気楽さとともに多くの方の支持を得てきました。このことは、家庭で料理する人たちにとって「だし」が手強いものであり、料理をするときの心理的なハードルになっていることの裏返しだと感じます。

この本の新しいところは、狭義の「だし」だけではなく、実はどんなものからも、たとえば肉や魚介、野菜、お茶、漬物、干物、発酵食品……すべての食材からだしは出ているという事実にあらためてスポットを当てていること。
そして同時に、私たちが暮らしの中でどのようにだしとつき合い、料理にどう生かすかをお伝えする、生活者目線のだし本であることです。

どんなものにも、だしはある。広義のだしである「エブリシングだし」を認識すれば、これまで難しいとされてきただしの世界がするりと明快に、しかも体系的に理解でき、うま味に対する解釈も大きく変わります。料理初心者にとっては「これでいい」という安心感につながりますし、プロの方にとってもまた、料理のポテンシャルを引き出すヒントとなるはずです。

この本の構成は、こんなふうになっています。

第1章では、だしを3つのタイプに分けて紹介。また、アンケート結果を交えつつ、現代のみんなの「だし事情」も紹介します。

第2章では、3つに分けたそれぞれのだしについて、具体的に掘り下げていきます。

  • ラボ1は、どんな食材からもとれる「エブリシングだし」の使いこなし術を。

  • ラボ2は、さらなるおいしさを目指す人たちの「ラスボスだし」の位置づけを。

  • ラボ3は、時短と味のバランスで現代人を支える「インスタントだし」の未来を。

そして第3章では、だし界をけん引する専門家たちを取材して聞いた、さまざまなだしとうま味、料理に関する深くて楽しい話をしようと思っています。

なかでも「エブリシングだし」は、これまで「だし」としてあまり認識されてこなかった新しい概念です。しかし、これこそが私のスープの考え方のベースになっているもので、もっともお伝えしたいテーマでもあります。

この本を読んでほしいのは、料理の修業をしたことや飲食店での勤務経験がなくても、家族や自分のために料理をしている人たちです。何を隠そう、私もその一人です。
普通の人は「今日のおかずは何にしよう」と悩むことはあっても、「今日のだしはどうしよう」と思うことはありません。それでも、「だしって何だろう?」と考え、必要で十分なだしを使いこなせるようになることで、日々の料理はちょっぴり明るく、豊かになります。
だしの世界はとても広いので、歩くにあたって迷子にならないように、この本をだしガイドとして役立ててもらえれば幸いです。

そんなみんなの「だしらぼ」へ、どうぞお入りください。

スープ作家・有賀 薫

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うなずいて読んでいただける部分はあったでしょうか。

まえがきにも書いたように、私はスープ作家として実用的なレシピを発信してきました。ただ『だしらぼ』は、読めばたちどころに役立つレシピ本とは少しタイプが違い、「料理を楽にする本」というよりは「料理のことを考えるための本」といえます。

だしの本なのに、昆布かつおだしのとりかたは載っていません。だしのマニアックな知識を詰め込んだ本でもありません。これらの情報はすでに世の中にたくさんあるので、私がわざわざ作る必要はないと考えました。ですから、そうした知識を求める方には、ごめんなさい、ちょっと的はずれな本に見えるかと思います。

私が作りたかったのは、時代とともにずれて古くなった料理頭のOSをバージョンアップするための本でした。これまでとは違う「だし」や「おいしさ」の考え方を自分の中にインストールすることによって、味の概念が変わり、料理が変わる。それがこの本の目指すところです。

読書に正しいも正しくないもないのですが、だしを使わずに作った料理の中にだしが見えるようになったら、あなたはこの本の真の読者と言ってもいいのではないかと思います。この『だしらぼ』でそんな体験をしていただけるよう、願っています。



読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。