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【第1章】その23✤アリシア---ブルージュへの旅立ち


アリシアもセシリアも薄い金髪の髪を持ち、目の色も緑と青が混ざった色に真ん中はヘーゼル色という不思議な目の色で、目の色が特定しにくいという、美しいけれどでも、変わった色の瞳を持っていた



 フィリップ善良公が亡くなって2ヶ月程経った頃、ミナと名前を変えたベアトリスは市場で野菜を売っていた時に、アントワープからの商人達が話している会話がふと耳に入った。

「なんでもシャルル公の3番目の奥方はイングランドから来られるらしいよ、ほら今のイングランドの国王はエドワード王だっけね」
「あぁ、そうらしいね、確かその王様の妹君にあたる姫をシャルル公は奥方に迎えるんだろう?」
 
「エドワード王の妹君ですって?!!!」ベアトリスはびっくりして高鳴る胸を抑えながら聞き耳を立てたが、その商人達はこの話の詳細は知らないのか、それ以上はその話題には触れずに去ってしまった。

「エドワード王の妹君?? エリザベス姫(注1参照)はもうとっくに嫁がれているのだから、マーガレット姫しかいないはず」

 でもしかし、この話は本当なのだろうか? イングランドからこのブルゴーニュへ嫁がれる姫がいる? イングランド王の妹君がここの公爵夫人になられる……?
 
 そう考えていた時、今度はヴェネチア商人が通りかかった。そしてベアトリスとアリシアが毎晩編んで作っていた首と袖の飾りを眺めて、
「ふむ、これはなかなか美しい、うちの娘達に買っていこう」と数枚を手に取った。
ベアトリスは欧州の一番の情報通のヴェネチア商人なら知っているに違いないと思い、
「旦那様、本日は特別にお値段を安くさせていただきます」とフランス語で話しかけた。
野菜売りがフランス語を話せると周りに気が付かれないように今まで使わずにいたのだが、ちょうどこの日は自分達の横の場所は空いていて誰もいなかったのだ。
ヴェネチア商人は機嫌良く、
「そうか、では襟の飾りを3枚に袖の飾りを6枚購入しよう」と言うので、少し値段を安くした上に、襟の飾りを1枚と袖の飾りを2枚余分に渡した。

 そして
「これから私達のブルゴーニュ公国も景気が良くなるでしょうね。だってシャルル公が結婚なさるのがイングランドの姫様なんですもの」と言ってみると、ヴェネチア商人は
「そうそう、マーガレット姫に決まったらしいな、めでたい事だ」と答えて、明るく笑って去って行った。
「あぁ、なんてことでしょう、やはりマーガレット姫だなんて!」

 私達のマーガレット、いつも私達のそばを走り回って遊んでいた可愛い姫---最後に彼女と会ったのは彼女が13歳の頃、あれから8年の月日が流れマーガレットは21歳になっているはず。
 
 ベアトリスは自分がこのように野菜を作り、労働して、一生が終わるのは構わなかった。許されぬ恋をして、でもその思い出だけで一生行きていけると思っていた。彼女の愛した人は、幼馴染で、子供時代からお互いに好きだった特別な人だったから……。
 
 でもわからなかったのだ。自分の大切な娘セシリア、そして自分が巻き込んでしまったために、このような不安定な生活をしているアリシアが果たしてこのまま、このベギンホフで最後まで幸せな一生を送ることができるのかどうか……。
 
 ベアトリスは17歳くらいまではある程度幸せな生活を送っていた、でもこの子達はたまに蜂蜜を数滴食べることができればそれを最高の幸せと思っている。本来であればもっと素晴らしい生活をしていてもおかしくなかったというのに、本当にこの子供達にとってこの生活で良いのだろうか。
 
 そもそもアリシアもセシリアも薄い金髪の髪を持ち、目の色は緑と青が混ざった色に真ん中はヘーゼル色という不思議な色で、明るい陽の光の中では青と黄色が混ざって緑色に、夜の屋内ではオレンジ色が強く見えたりと、目の色が特定しにくいという、美しいけれどでも、変わった色の瞳を持っていた。そして本当の姉妹ではないのに、姉妹にしか見えないのはこの髪の色と目の色があまりにも似ていたせいだった。
 
 2人共美しい少女だったのだが、それでもこのように何も庇護がない状態で、2人の透明に輝くような美しさは逆に気がかりでもあった。またこの変化する瞳の色によって誤解され、出生を卑しいものと勘違いされないとも限らない。色々な面から、心配になってきていたのだ。
 
 そしてもしも何かあった時に、今の無力な私ではこの子達を守り切ることはできないだろう、ましてや、万が一私が先に死ぬようなことがあったら、この2人はこの先どうやって生きて行くのだろう。
 
 実はベアトリスは最近心臓に妙な痛みがあるのを感じるようになっていた。自分の母も心臓が弱く早くに亡くなっていた。同じ問題を抱え若くして亡くなっている親戚もいたと聞く。
 
 自分は長生きできるのか、あるいはできないのか、はっきりわからないこの状態で、もしこの美しい娘2人を自分のいない世界にこのまま置いて逝かなければいけなくなったら、一体どんなことになるのだろうか。娘達は確かな絶対的な庇護のないこの世界で、本当に幸せになれるのだろうかと、心配でたまらないという気持ちが何故か突如、芽生えてきた頃だったのだ。それはアリシアが小さな少女から、年頃の少女へと近づいてきていたからなのかもしれない。2人が幼い時にはなかった違う心配が出てきたのだ。

「私は例え会えなくても構わない、でもこの2人をなんとかマーガレット姫に会わせたい。そうしたらきっと何かが変わるかもしれないから……少なくともこの2人にとって悪いことにはならないだろう」ベアトリスは強くそう思った。
 
 それから土曜日に市場があるたびにベアトリスは聞き耳を立てて情報を集め、その結果「マーガレットは来年の夏の前にはブルージュに到着する」ということがわかった。

 ベアトリスは言った。
「ブルージュという美しい街には“ミナ”がいるのよ。私達も会いに行きましょう」
「ママと同じお名前なの?」セシリアは聞く。
「そうよ、だからそのミナがいる湖を見に行かなくちゃ」
そしてアリシアに言った。
「忘れ物はしないようにね、特にロザリオとロザリオの入っている袋は肌身放さずに2人で持っているのよ。そしてあなたの大切なお人形もね」
セシリアが答えた。
「ママ、アリシアがね、セシリー(お人形の名前)はセシリアが持っていて良いって!」
「アリシアは優しい子ね、わかりました。
でも、いつかその時が来たらこの人形はアリシアに返すのですよ、その時はアリシアがこの人形をしっかり持ってね」

「その時?」それは何のことだろう。アリシアはわからなかった。この言葉の意味が……でもベアトリスの嬉しそうな表情を見て、アリシアはきっとそのブルージュには何かがあるのに違いないと思い、ベアトリスが幸せを感じることができるのであればどこに住んでも構わないと思っていた。

 違う街へ行っても、また3人で力を合わせて暮らしていけばきっと今まで通り幸せな日々を送ることができるだろうと、賢いアリシアはそう信じていた。

※写真はメッヘレンの聖ロンバウツ大聖堂の美しいマリア像。


(注1)
 エリザベス姫はもうその9年前の1458年、彼女が14歳の時に第2代サフォーク公ジョン・ド・ラ・ポールと結婚している。

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