最初の記憶
おはようございます。きょうも書いていきます。
最初の記憶というのがあります。僕の最初の記憶は、青い色の膝、でした。4歳か6歳かわかりませんが、当時デニムのオーバーオールをよく着ていて、そのときに膝を見たのです。はじめの瞬間は「あ、動いてる」とか、そんな印象だったと思います。
それから段々と、記憶が混ざっていきます。自分で覚えているというより、まわりが覚えていて、それを僕に話してくれるので、僕がそれを覚えているという風になります。だから正確には自分の記憶ではないのだけれど、でも思い出としてちゃんと残っています。
青い色の膝を見たときは、昔の、穴を覗いて鑑賞する映画のような、視界の境界線がわかっているような、物の見え方でした。主観と客観というのが、両方あったのだと思います。そこからもう主観ばかりで、あのときの客観の自分というのは一体誰だったのか、およそ見当もつきません。
最初の記憶から今日に至るまで、記憶というのはかなり適当だと思います。誰が見ている光景なのかも曖昧です。一人称かと思いきや、三人称かもしれない。もしかすると全然別の誰かが、自分を見下ろしているようなことも、あるかもしれません。人から聞く自分の記憶というのはそういうものです。
ですから、いつ撮影がはじまったのか、それだけが境い目を知る手がかりになります。おそらく僕の場合はそれが、青いデニムの膝のカットからだったのだと思います。それからはもう映画が流れているようなもので、登場人物として役柄を演じるほかありません。
話は変わりますが、先日読んだある記事で、魚は「目」の前に体がないので自己が分からないが、人は手(もしくは足)があるので分かる、というのがありました。きっと魚は最初から最後まで、演じるような機会はないのだと思います。
あのときから、僕は僕の監督になったのかもしれない。そんなことをたまに膝のことを思い出して、考えます。記憶が確かなら。
きょうも読んでくださって、ありがとうございました。よい一日をおすごしください。
サポートありがとうございます。