伝承の日本史4〜初代大王・海村雲と海王朝

初代大王・海村雲(天村雲)


海王家の王子が登美家の姫と結婚して王となり、后が太陽神の司祭者となった。
つまり海村雲がタタライスズ姫と結婚し、ヤマト国の王権を確立、ヤマト大王となった。
出雲と丹波の政治的共同体がヤマト王国だったが支配地はまだ、その周辺まで。
後漢書には、漢と通じる国だけでも30あまりあった。各国に王がいたと書かれている。
宋史外国伝にも天村雲尊と書かれている。

祭政一致の時代で、女性祭祀者が政権者より尊敬の大きいヒメ・ミコ制だった。

東出雲の忌部の里に勾玉を作っていた太玉命が住んでいた。クシヒカタに従ってヤマト王国へ行った。
鳥見(とみ)山を祭祀場にし、三輪山を遥拝した。

海村雲は初代大王。海家だったことから海王朝と呼ばれる。天の字に変えられて天村雲は天孫降臨神話に利用された。
妃は代々登美家から迎えられた。

海王朝3代以降、登美家の血が濃くなった。
大王が磯城家で生まれ育ち、磯城家として政治を行った。3代目の玉手見(安寧)大王以降は磯城王朝とみなされた。出雲豪族中心の政治になった。
結果、初代大王出身家の尾張家勢力は衰えた。

魏書に「その国はもと男子を持って王となし、続くこと7、80年。以降和国は乱れた」とあるのは2代までの海王朝。

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