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「画期的な一歩となるか?イスラエルとUAEの国交正常化へ合意」

トランプ米大統領は13日、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化で合意したと発表した。トランプ氏は「歴史的な和平合意だ」とツイッターに投稿し、成果を強調した。パレスチナ暫定自治政府やイラン、トルコからは大きな反発の声が上がったが、今後この流れが進めば、中東情勢に大きな影響を与えるのは確実だ。 アラブ首長国連邦(UAE)の動きは、始まりに過ぎない。

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1、 何が決まったのか?

これまでパレスチナ問題をめぐって対立してきたイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が、投資や観光、エネルギー、安全保障、医療、文化、直行便の開始、大使館の設置など、国交を正常化するための協議を始めることで合意した。
イスラエルは合意に伴い、ヨルダン川西岸の一部の入植地の併合を停止する。

両国は今後数週間以内に合意文書に署名する予定だ。


また、両国の企業は、すでに新型コロナウイルスのワクチンや検査キットの開発などで協力を進めることで合意し、調印式を開いた。
イスラエルのネタニヤフ首相は「アラブ世界との新たな関係を刻む日だ」と胸をはった。

2、 なぜ、意味があるのか?

イスラエルは、1948年の建国以来、パレスチナ人を支援しようとするアラブ各国と対立し、第4次中東戦争まで戦ってきた。いずれの戦いでも勝利し、これまで、隣国であるヨルダンとエジプトとは国交を始めていたが、サウジアラビアなど湾岸アラブ諸国とはこれまで国交がなく、「敵国に囲まれているような状態」に近かった。
そんな中で、7月20日、鹿児島の種子島宇宙センターから、日本の H2Aロケットで火星探査機「 HOPE」を打ち上げるなど、アラブ世界で次々と新しいことにチャレンジしてきた UAEが、技術協力などを含め、これまで敵とみなしてきたイスラエルと国交正常化へ向けて舵を切ったことは大きい。

UAEの外務大臣は、「 UAEがイスラエルを国家と認めたことは、イスラエルによるヨルダン川西岸の併合という『時限爆弾』を止めるための非常に大胆な一歩だ」とした。

このまま順調に合意がかわされれば、バーレーンなどが続く可能性がある。
何より、この数年、表向きは「対立」を演出しながら、水面下で様々な協力を始めているサウジアラビアが、表でもイスラエルと協力体制に入れるような環境になれば、中東情勢は全く違う様相になる。

3、 現在の中東

2011年、「アラブの春」で革命が起こった中東諸国では一時、一気に民主化が進むかと思われたが、発端となったチュニジアも含めて、あまり好ましい結果になっていない国が多い。

「シリア」では内戦が続き、現在アサド政権が地盤を大きく固めているが、ロシアやトルコ、イランなどの介入が今も続き、難民も安心して帰れる状況にない。
イラクは IS(イスラム国)台頭の余波が今も残り、経済的にも政治的にも混乱の最中にある。
「エジプト」はシシ将軍の軍政で安定しているように見えるが経済的に苦しみ、リビアは周辺各国が二つのグループを支援して戦い、分裂状態だ。

中東の地域大国として、サウジアラビア、トルコ、イラン、そしてイスラエルが大きな影響力を持つ。

しかし、「サウジ」は原油の価格が不安定で、他の産業に経済をシフトさせようと努力しているもののうまくいかないでいる。

「トルコ」は、通貨リラが、つい先日ドルに対して史上最安値を更新した。大きな外貨の借り入れがある上、観光産業がコロナの影響でうまくいかず、外貨を稼ぐ手立てが減少している。経済はまさに綱渡りの状態だ。また、リビアや東地中海の巨大ガス田掘削をめぐって、ギリシャやイタリアなど EU諸国と軋轢が拡大している。経済の順調さに乗って権力を掌握してきたエルドアン政権は、与党の支持率もひどく落ち込み、崖っ淵に立っていると言える。


「イラン」は、アメリカの経済制裁により経済が疲弊し、インフレが大きく進み、さらに政府のコロナ対応もうまくいかないまま多くの死者が出て、核施設周辺など、各地で爆発なども続き、民衆の不満が極限まで高まっている。

4、 UAEとイスラエル、アメリカの思惑

「UAE」
UAEにとっては、イスラエルの技術力は大きな魅力だ。
特にイランとペルシャ湾を挟んで対峙する小国 UAEにとっては、そのサイバー能力やハイテク産業を取り入れ、対イランのカードを持つ意味は大きい。

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                         (オレンジ色の部分が UAE)

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また、イスラエルの医療水準は非常に高く、中東では突出している。これは国のために戦う兵士達の負担を少しでも軽減するためであり、国策でもある。
主人がイスラエル大使として2014年に赴任していた時、日本からついてきてくれた料理人さんがくも膜下出血で倒れたが、緊急手術3回とリハビリにより、現在では日本で料理人として活躍している。

もしこれが、中東の他の国だったら、命すら危うかっただろうと思っている。

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新型コロナウイルスの蔓延で苦境にあるUAEにとって、ワクチン開発などでイスラエルとの協力が実現する意味はとても大きい。


両国の間にはパレスチナ問題が横たわるが、パレスチナ支援はこれまでに既に形骸化しつつあり、パレスチナ人からも、「アラブ諸国の支援は口先ばかりだ。」という恨み節が10年以上にわたって聞こえていた。

特に原油価格が下がり、コロナ禍に見舞われ経済が失速する中、多くのアラブ諸国はパレスチナを支援する余裕がなくなっている。観光業が大きなウエイトを占める UAEでは特にその傾向が大きかった。

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パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は、「今回の合意は裏切りだ」と非難しているが、UAEはまさに、「名より実を取った」と言える。

「イスラエル」
イスラエルは、「アラブの海の中に浮かぶ孤島」と自らを認識して、常に「敵性国家に囲まれている」という状態を改善するために、周辺国との和平合意を進めることは安全保障上大きな意味がある。今回の UAEとの国交正常化は、概ね歓迎されている。

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イスラエルの情報機関「モサド」や政府高官は、これまでも、サウジアラビア、カタールといった湾岸諸国と水面下で接触を重ねていた。

「イスラエルを地図上から消す」と公言してきた宿敵イランに対し、「敵の敵は味方」として、湾岸諸国の先陣を切ってくれたという流れを作りたいと思われる。
ネタニヤフ首相は「エジプトとヨルダンに続き、3つ目の平和条約だ。アラブ諸国にとっては平和の輪を広げるチャンスになる」としている。

政権支持が高まらないネタニヤフ首相にとっても、 UAEとの合意は追い風になる。

「アメリカ」
今回の合意を仲介したアメリカにとっては、中東における最大の問題とみなしている「対イラン包囲網」が一歩進んだことになる。
「交渉はおよそ1年半前から行われていた」とトランプ大統領の娘婿クシュナー上級顧問が発言しているが、このタイミングで合意の発表がなされたことは、明らかにトランプ大統領の選挙へのアピールという側面があると考えられる。

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際どい勝負になっていた前回のイスラエルでの選挙で、トランプ氏からの様々な支援があったお返しに、という思惑がネタニヤフ首相の中にあったであろうことは想像に難くない。

5、 各国の反応

混乱したり、経済的な苦境にある国々が多い中東で、世界有数のハイテク産業を持ち、高度な技術力、軍事力を誇るイスラエルが、アラブ世界と協調していける状況が生まれれば、シーア派でペルシャ民族であるイラン、スンニ派ではあるがアラブ民族ではないトルコにとっては「戦略的ダメージ」となる。
特にイスラエルが誇るサイバー能力は、これまでイランの核開発などに打撃を与えてきただけに、イランにとっては見過ごせない。

「イラン」
イランはイスラエルを国家として認めていない。
今回の合意は「恥ずべき合意だ」と報道しており、ロウハニ大統領は「 UAEは重大な過ちを犯した」と批判した。

実際、イスラエルは16日、他のアラブ諸国との国交正常化協議の可能性も示唆しており、イランにとっては、中東での孤立が進むことへの警戒感が強くにじみ出ている。

「レバノン」
4日に港で大爆発が起きたレバノンは、事実上、現在もイスラエルとは戦争状態にあり、イランの支援を受けて大きな影響力を持つ武装組織ヒズボラの書記長が以下の声明を出した。
「UAEが行ったのはイスラーム、聖なるものへの裏切りだ。以前から交渉は進んでいたが、今回のタイミングは、トランプが外交政策の成果を必要としていることとつながっている。今後も大統領選までに他のアラブ諸国がイスラエルとの和平合意へ動くだろう」

「エジプト」
イスラエルの隣国エジプトのシシ大統領は、今回の合意を歓迎するとしている。シシ大統領は13日、ツイッターで「地域の繁栄と安定をもたらす努力を評価する」と述べている。
エジプト自体が最近UAEとの協力体制を深めている。

「バーレーン」
バーレーンの国営メディアは合意の歓迎を伝えた。バーレーンはすでに、イスラエルの製品に対する「アラブ連盟」のボイコットを批判するなど、イスラエルとの国交正常化への動きを表面でも見せてきた。

「パレスチナ暫定自治政府」
パレスチナ暫定自治政府は、「強く拒否する。我々の将来を他の国が決めることはできない」と反発している。
パレスチナ人にとっては、国連が認めた範囲内であるヨルダン川西岸に、イスラエルの入植が行われているのは「国際法違反」であり、今回の合意でも「一時停止」では、十分ではないとしている。
しかし、今回 UAEがイスラエルとの国交正常化へ向かったことで、パレスチナ自治区からのイスラエル入植者の撤去を求めた「アラブ和平イニシアチブ」の弱体化は避けられず、「2国共存」実現への可能性は残念ながら薄まってしまったとの受け止め方が強い。

「ヨーロッパ」
英国とフランスは13日に「歓迎」を表明した。ただし合意が進むことで「イスラエルが、ヨルダン川西岸の併合を進めないこと」への期待も示した。
イギリスのボリス・ジョンソン首相は、「ヨルダン川西岸で併合が進まないことを心から望んでいた。計画を停止するとした今日の合意は、中東のさらなる平和に向けた歓迎すべき前進だ」と述べた。

「国連」
グテレス事務総長は「イスラエルとパレスチナ側が実のある交渉を再開し、2国家共存の実現につながることを期待する」と述べるにとどまった。

「トルコ」

パレスチナの過激派組織ハマスはムスレム同胞団のパレスチナ支部だったが、エルドアン大統領の支持政党である「 AKP 」は、やはりこのムスレム同胞団と同根である。

エルドアン大統領はかつてダボス会議で、イスラエルの当時の大統領に「あなた達は人殺しが得意だ。私はあなた達が浜辺で遊ぶ子供達をどうやって殺したか知っている」と非難を浴びせ、一躍、イスラム世界のヒーローとなった経験がある。

以降、パレスチナ自治区内で食料などを配るなどして、パレスチナでの人気を維持してきた。

今回も「スンニ派を代表するのはトルコだ」とばかりに、 UAEへの激しい非難を繰り広げている。

6、 今後の焦点

アメリカとしては、続いてバーレーンなどがイスラエルとの和平協定に応じ、「対イラン包囲網」を強化することを狙っている。最大の焦点は、イランを宿敵とみなすサウジアラビアが、イスラエルとの協力関係を表に出せる状況になるかどうかだ。
アラブの盟主を自認するサウジアラビアが、「パレスチナ支援はアラブの大義」という表向きの建前を貫くのか、対イラン、経済関係、安全保障問題(情報の共有や武器の購入)などの実益を優先させるのか、という点だ。

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サウジアラビアにとってはイランが「シーア派の孤」を完成させて地中海までの影響力を強め、イエメンなども含めてサウジを取り囲む状況は何としても避けたい。

また、イエメンなども含めた「シーア派の孤」をイランによって完成させられることは安全保障上受け入れられない。

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また、サウジも新型コロナウイルスによる打撃を大きく受けており、毎年聖都メッカへの巡礼の制限や訪れる巡礼者の減少は大きなダメージとなっている。
感染はかなり広がっており、主な王族は感染を恐れて首都リヤドから離れていたほどだった。
高い医療水中を持つイスラエルとの協力は新型コロナだけでなく、一刻を争う際の緊急手術などを考えれば、高齢の王族にとっては魅力あるものになるだろう。

サウジとUAEは皇太子同士の仲の良さなどから、これまでも共同歩調をとることが多かった。例えば、突然のカタール断行や、イエメンの内戦への介入などだ。石油に頼る経済からの脱却の模索も同様に進めてきた。

もし、サウジアラビアが一歩を進めることがあれば、「イラン包囲網」を築きたいアメリカにとっては大きな意味があり、中東全体の構造が変わることになる。

新型コロナウイルスによる感染、人的被害や経済的被害は、多くの国の行動に影響を与えつつある。

トランプ大統領が大統領戦で不利な状況に陥っている最大の要因はコロナ対策の不備であり、国民の健康を守れないのではないかと判断されつつあるからだ。また、イスラエルもUAEも、コロナの感染により国民の不満が高まっていることが、今回の合意への後押しとなったことだろう。

コロナ禍が一段落したら、世界の様相は大きく変わっているかもしれない。

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どうぞ、コロナ対策、熱中症対策に気をつけて、良い1週間を過ごされますように!!😉💕


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