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【90秒エッセイ】バックミラー越しの"ちらり"と一瞬のドラマ。

あなたはどんな顔をして運転をしていますか。

バックミラーにはドラマが詰まっている。

わたしは40分ほどかけて車で通勤している。赤信号、バックミラー越しに"ちらり"と覗くのは、後ろの車を運転する人の顔。

(運転中のよそ見はダメです。よそ見を推奨しているわけではないので、歪曲して受け取らないでね)

他人の空間を覗く、ちょっとした背徳感。名も知らない人と視線を交わすような不思議な感覚。偶然の出会いによる稀有さ。

あぁ、堪らない。特にひとりで運転している人。

吽形像ばりに口をへの字にしている人。

無の境地に達したような無表情な人。

大口を開けてあくびする超絶美人。

歌に陶酔してハンドルでリズムをとる人。

ここぞとばかりに鼻をほじることに夢中な人。

虚な目で心ここにあらずな人。

サングラスとマスクでわたしの覗き見に対抗してくる人。(いや、きっとそうではない。)

先日の"ちらり"。

ひとりで大爆笑している男性。まさに涙がちょちょぎるレベルの大爆笑。車内はひとりだ。頭を少し揺らしながら大笑い、たまに両手を口にやり、そして"はわわぁぁ…"と言わんばかりに目をぬぐう。涙がちょちょぎれたか。

電話で話していたのか、思い出し笑いなのか、バックミラー越しの"ちらり"では全く分からない。

ふと、いつも聴いているラジオ番組のチャンネルを変えて、とんでもなく面白いラジオがかかっていないか探してみる。…ない。

信号が青になり、運転に戻る。

彼は何に笑っていたのだろう。

次の赤信号で、"ちらり"。

わたしの後ろに大爆笑の彼はいなかったが、その代わりに、わたしの知っている顔がいた。

その人はニヤニヤしている。

そう、朝「いってきます」と挨拶を交わした夫だ。同じ方向に通勤するので、たまにこんなこともおこる。もっとも、彼は多少狙っているのかもしれないが。

わたしは、手を振っておいた。

次の赤信号、わたしの後ろにはまた知らない人がとまっていた。

大爆笑の彼のことを思い出す。何に笑っていたのだろう。おとながひとりで大笑いする理由。それを想像して、わたしもくすり。ふふふふ。なんだか楽しい気分になってきた。ふふふ…

ふと、前の車のバックミラーに目をやる。

もしかして、わたしも見られてる?

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