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Body is my buddy③「乳がん治療日記 おっぱいがたいへん!」と、『病を得る』ということ

私にとって「おっぱいがたいへん!!」は、乳がん治療バイブルになっている。それは、ただの乳がん治療日記ではなかったから。

この本との出会いは、光畑由佳さんが作ってくれた。光畑さんは日本の授乳服のパイオニア、モーハウス 社長で、私がまだ妊婦雑誌の新人編集者だったころに仕事で知り合って以来の、長いお付き合い。
光畑さんとは、なぜか数年に1回くらい突然、「連絡しようと思ってた!」「ちょうど話したいと思ってた!」という感じで、弾丸トークなミーティング(ごはんを食べながら…)をする。
カニが見つかったという話を光畑さんにしてみたのは、授乳ブラが術後の体にもよさそうだから、モーハウスでお買物をしようと思い、久しぶりに会って話もしたいし…と思ったのだった。

そのときに、「よかったら、おつなぎしますよ」と言われたのが、「乳がん治療日記 おっぱいがたいへん!!」の著者、さかいひろこさんだった。
本当のことを言うと、そのときはまだ、経験者から談を聞くのは少しこわいと思っていた。体験談を読むのもこわかった。これからどうなるのかわかならいので、こわい話を知りたくないということもあったし、実は「これでがんが消えた!」みたいな話とか「こんなに頑張っている人がいるのだから、あなたもがんばらないとね」という話につながっていくことも恐れていた。このあたりの気持ちはまた、あらためて書くとして…、
とにかく光畑さんが言うなら間違いはないと思って、まずは本を読んでみることにした。絶版だったのでAmazonで中古の本を取り寄せて読んでみることにした。

乳がん治療中の気持ちの動きが日記形式で書かれていて、読み始めて数ページで、私と状況がとても近いことがわかる。マンガかテキストか、という違いはあるけれど、描く・書くことが生業であることもそうだし、自覚症状なく検診で発見されるというところも同じだった。ただ、カニと闘っていた時の年齢は大きく違っていた。当時、さかいさんは30代だった。
こうして「おっぱいがたいへん!!」の、入院する直前あたり(「3月2日 さらばおっぱい!」)までは読んでいたけれど、そこで止めていた。なぜならやっぱり、術後のことを知るのがこわかったから。
ようやく、私自身が入院する前日になって一気に最後まで読み終えた。

哲学だった!

がんは、できる部位や進行具合によって、患者自身の年齢や環境によって、患者の受け止め方がものすごく違う。「がん」という同じ言葉でくくっていいのか?と思うくらいに。医学的・客観的な状況としては、体にとって悪いできもの(腫瘍)ということになるわけなのだけれども、心にとって「体の病とは」というところが、人によって大きく異なるのだ。
だから、病気に対する恐怖心・拒否感・受容と、病そのものの深刻さの度合いは比例しない。反比例もしない。病がその人の人生にどの程度関与するのかは、病名ではなくその人自身によるのだ、と思う。

「病を得る」という言い方があって(もとは漢文にあることばらしいのだけれど)、まさに病という機会を「得る」ことによって、ものすごくたくさんのことを考える。宇宙まで考える。なぜ、今ここに私は生かされているのかを考える。
「おっぱいがたいへん!!」という、とてもシンプルで直球なタイトルの本は、とても深い哲学への入り口の本だったのだ。

さかいさんは「ソフィーの世界」を読み、「私のがんはまるで哲学と結びついているようだ…」(89ページ)と書いている。そして、私はまんがを描くんだという思いにつながっていく。

私もたくさんのことを、入院中に考えた。その内容は、紙のノートに書き綴っていた。管(点滴とドレーン)につながれた体で、ずっと哲学していた気がする。入院中に何度も、「おっぱいがたいへん!!」を開いた。
トップ画像の写真は、病室のベッドで撮ったものだった。

私のカニ取り手術は、患部の部分切除で、リンパ節本体は取っておらずセンチネルまでだった。私はすでにほぼ閉経状態で、子どもを一人育て終わり、夫も親友も近くにいて、父は他界しているが母は元気で一人暮らし、介護の心配もまだ今のところはない。状況的には「恵まれている」。
だけど、状況的に恵まれていたり、早期に見つかってラッキーだったりすることと、何を思うのか、何を感じるのか、何がつらくて、何がうれしいのか、はまた違う話。
そこを書き残しておきたいと思ったのは、やっぱり「おっぱいがたいへん!!」という先輩があったからだ。

この本は、著者のさかいひろこさんだけの記録。お役立ち情報もたくさんあるけれども、ほんとうに大切なのは実はそこよりも、さかいさん自身が得た、心の糧の物語なのだと思っている。
(こういう良本が絶版になってしまう、日本の出版システムに対する憤りについては、ここでは1万字略)

さかいさんにFacebookメッセンジャーでつないでもらった私は、何かあるたびに相談している。相談までいかない、ぼやきだったり弱音吐きだったり、ただ「痛い」と言っていたり。そのときに、ただただ寄り沿ってくださった。ピアサポートとはこういうことなんだと、あらためて実感した。何度もそのありがたさに、感謝して涙が出て…、この場を借りて、ほんとうにありがとうございます!



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