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お地蔵さまはどう思う?

絵にかいたような秋晴れの空の下、税務署に行ってきた。持続化給付金をもらうためには、まずは納税証明書が必要なのだ。オンラインで申請していたので、受け取るだけ…だったのだけど、まあそれなりには待った。その数十分の間に、出会ったこと。

小さな男の子を連れたお母さんがいた。きれいな人だ。管轄の税務署は、かなりの高級住宅街にある。裕福そうな高齢者か、個性的な服装の若い人か、いずれにしても身ぎれいな人は多い。そんな場所。

2歳くらいの男の子は、とても元気。ちょこまかと走り回る。ロッカーの扉をいじってみたり、廊下の方へダーッと走ってみたり。おもちゃを手に持っていて、それで遊んだりもする。税務署には、子どものためのプレイルームなんてない。とても殺風景なので、あっという間に飽きる。そしておそらく眠くなったんだと思う。床にごろーんと寝ころんでしまった。かと思うと、またダッシュで廊下へ飛び出していく。可愛いなぁ、と思って、目を細めてマスクをしているのをいいことにニタニタしながら見守っていた。

しばらくして、男の子は買ってもらったジュースを両手で持って歩いてお母さんと一緒に戻って来たところでちょうど、その人の番号が呼び出された。お母さんは窓口で番号をつげると、ほどなく職員が出てきた。

「予約しているのに、どうして時間通りじゃないんですか」

お母さんの第一声。税金相談の担当らしき職員は、言い訳をする。職員の人、なぜひとこと「すみません」とか言わないのかなぁ、と思っていると、お母さんは「予約時間から10分も過ぎているじゃないですか。私、10分前には来ていたんですよ」と言う。冷静に。きちんとした佇まいのまま。でも、厳しく怒っているのが伝わってくる。ぐずり始めた男の子を抱きかかえて、そのまま相談室のほうに行ってしまった。私もそのあとすぐに納税証明書ができたので、そのまま税務署をあとにした。

小さな男の子を連れて、税務署のような殺風景な場所に来るのは、とても疲れる。時間に遅れないように、家を出発するのは子供連れにはとても大変なこと。しかも、お母さんはカジュアルだけどきちんとした服装をしていたし、髪の毛も整っていた。男の子が手に持って遊んでいたのはスマホじゃなかった。スマホの動画で気を紛らわせられることもなかった。

きちんとしている素敵なお母さんでいることは、難しい。とてもハードルが高い。税金相談に来ているということは、経営者かもしれない。自分に厳しい分、職員にも厳しかった。

もしかしたら、私が男の子をかわいいかわいいと思いつつ、ずっと見ていたのもいけなかったのかもしれない。目が笑っているかどうかなんて、よく見ないとわからない。マスクの下の口元はうれしそうに笑っていたのだけど、それは見えない。男の子を目で追う私が「こんなところに連れてきちゃって」とか「あらあらお行儀の悪い」とか思っているように、見えちゃったのかもしれない。

きちんと。しっかり。きれい。がんばっている。
そんなキーワードに縛られているお母さんは、いる。
冷静に怒っている声は、ヒリヒリするほど芯の強いものだった。
そんな言葉に縛られてがんじがらめのお母さんなんかじゃなくて、私の想像を超えた強い女性だったのかもしれない。私が考えたことは余計なお世話なのかもしれない。

20年近い前のことだけど、私自身がいいお母さん神話にがんじがらめになって苦しかった。でも、そのころはインスタもなかったし、お母さんはおしゃれしたい人はすればよかったし、「ママに見えない」が誉め言葉として存在することもなかった。今の世の中はひと世代前とは比べ物にならないくらい、お母さんだけでなく、子どもにも厳しい。お父さんにもつらい。
私自身は、命の恩人ともいえる大事な人から「ダメ母さんになりなさいな」と言われて、ものすごく救われて楽になったのだけど、そんな言葉は今は、ダメなのかな。

帰り道、小さな祠があった。児育地蔵尊と書かれていた。お地蔵様は、どんなふうに、今の都会のきれいな親子を見守ってくれているのかな。

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