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ブエノスアイレスで日本人タンゴ歌手であるということ

どんな歌手(表現者)になりたいか、というのは、どんな人間でありたいか、というコトなんだとは思う…。

怒涛のCDレコーディングを終え、燃え尽きる暇もなく、ピアノとのデュオ、カルテットとのコンサートの撮影・録音が待っている、というのは本当に恵まれたコトだと思う。(とはこの記事を書き始めた頃の話)

ブエノスアイレスで楽団と歌うコトを夢見ている、私くらい歌える歌手なんて山ほどいる。
そんな中で、私がこれ程の幸福を享受できているのは、一重に日本という後ろ盾あってこそ。「あなたは全てを投げ打ってここまで来たんだから、蒔いたものを刈り取って当然よ!」と愛する師匠は言ってくれるけれど、時に素直になれない時だってある。

今回、CDのレコーディングをしてみて本当に理解させられたのが、「楽団と歌うパワー」の必要性というもの。冷静に考えてみれば当然のことかもしれない。ピアノにバンドネオンにバイオリンにコントラバス、と、あの大きな音と何千回という本番を踏んできた彼等のパワーに対峙しないといけないのだ。マイクがあるから良いというものではないらしい。

そして何より、Tango というジャンルが求めてくるもの。
もう一人の師である Lidia Bordaが、ある時、色んな歌い方のTango 歌手についての私の疑問に答えてくれた様に、勿論、現代には現代にあった歌い方や表現というものがあるけれど、「最近の若い歌手達に欠けている Tango 感」というものが存在する。

私の師匠である Sandra Luna は、聴く側もエネルギーがないと受け取れない程、全身全霊を込めて歌う。鼻歌であっても、彼女が力を抜いて歌うのを耳にしたことがない。
それは彼女の、ある意味、気の強いポルテーニャ独特の個性の強さだったり、主張の激しさからも来ていると思うし、皮肉にも闘い続けなければならなかった彼女の人生の賜物でもあると思う。

今回のCDの音楽プロデューサーは彼女なので、レコーディングの際(レッスンでも常に言われることなのだけど)、「そんなんじゃダメ!全然足りない!!何千人とあなたの目の前で聴いてると思いなさい!」と、楽団の前で指揮するダリエンソ並みに、歌う私の前で全身で Tango を表現しながら、私の歌声を引き出してくれた。

ただ、いつも思うのだ。
「私はSandraの Tango が大好きだし、Sandraの Tango でなければ心震えないくらいだし、…でも、私は Sandra Luna にはなれない。」

「日本人の女の子」のままで Tango は歌えない。
(というのは、私が Tango を習い始めた当初から Sandra に言われ続けていること)
奥ゆかしくて、相手に合わせることが得意で、自分の激しい感情は他人に見せず、大声を出すなんてとんでもない…。

私がそんな日本人女性だったかは定かではないけれど、少なくとも未だに、Sandra によって引き出される自分の声の大きさと、あまりに表に出過ぎてくる感情にビックリしてしまうのだ。

「怖がらないで!驚かないで!その声よ!!」
と引き出された声や歌い方は、時に自分じゃないような気がしてしまう。
ただ、きっと「Kaori ちゃん」のままで歌うと、彼女の信じる Tango じゃなくなってしまうのだろう。

そんな話を、ちょうど彼女も1st CD を制作中の大親友の歌手仲間の Andreea に話していると「そうかな?私は Kaori はその強さを持ってると思うけどな。」と。

実は今回のCDにどうしても入れたかった日本の曲があって、それをTango のリズムでアレンジを書いてもらったのだけど、その歌い方を当日まで手こずった。

私はどうしても日本で聴いていたその曲のイメージがあるし、日本語本来のもつ優しさ等があるので、どうしてもそんな歌い方が抜けなかったのだけど「楽団がやってることを聴いて!」と言われて Sandra に引き出された歌い方は、全然違うモノで、しっくりくるのが難しかった。

のだけれども、「あ、これは日本でずっと信じて来た 私=“Kaoriちゃん“ではなくて、情熱だけでアルゼンチンに来て路を切り拓いてきた“Kaori” なんだ、と思うと理解できたのだ。
勿論、Sandra はこの歌の内容を知っているし、アレンジを編曲者と一緒に考えたのも彼女だし、これまでの私の変遷をしっているのも彼女なのだ。

…と、ここまで書いてから Cuarteto とのレコーディングも終わり、ただ今絶賛、闇の中。
年明け早々、全く毛色の違う Pablo Valle の五重奏(バリバリのミロンガ系の演奏の人達)とAriel Pirotti の Cuarteto(美しい音楽性を探求する人達)と共演する光栄にあずかり、色んなことが見えてきて、燃え尽き症候群も相まって呆然としている今日この頃…。

長くなるので、続きは別に書くことにしまする。

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