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【小説】陸と海と空と闇(第1話)

【あらすじ】
自分の病が治らないことがわかり希望を失った十五歳のリクは、入院中の病院で、患者の葵のある急激な変化を見て不審に思う。サーファーに憧れていた海、パイロットになりたかった空と出会い、病院の伝説の怪物『闇』の存在を知る。葵の変化も『闇』が原因だった。リクは『闇』による被害を止めるために、海、空とともに戦うことになる。『闇』を倒すことはできるのか?


序章 『やみ』の噂

「実はさ、『出る』らしいんだよ」
「え、出るって……」

病院職員の新人研修終了日。
打ち上げと称した飲み会で、新人同士にぎやかに話していた四人は急に静かになり、頭を寄せあった。

一人が声をひそめて話を続ける。
「先輩に聞いたんだけど、院内に、人間を丸飲みしてたましいを抜いてしまう怪物が出るって噂だ」
「えーっ」
「しかもその魂を喰ってしまうそうだ」
「魂って…抜かれたら、その人死ぬ?」
「死んだ人もいるらしい。でも生きている人もいて、そういう人は無気力でぼーっとしている状態。病院だから、そんな患者がいてもおかしくない」

「言われてみれば」看護師の川田沙月かわださつきは病棟の様子を思い出していた。「確かにおとなしい人が多い気がするけど、でもそんなカルテ見たことないし」
「川田、それカルテに書けないでしょ……で、どんな怪物なの」
「黒くて大きくて、消灯すると五階のラウンジのカーテンに擬態して獲物を狙ってるらしい。『やみ』って呼ばれているそうだ」

「へぇー……ねぇ、見たら教えてよ」
「イヤだよ。っていうか見たくないし」
「あー、わりと怖がりなんだ」
四人は笑い、話題を変えたが、川田はしばらくの間、どんな顔をしているのだろうか、などと『闇』のことが気になっていた。


第1章 リク(1)

 その病院は海を見下ろす丘の上にある。充実した医療だけでなく、患者が安心して受診や入院ができるよう、ホスピタリティにも力を入れていた。

たとえば屋上庭園には緑があふれ、四季ごとの花が咲き、患者や家族、医療従事者や職員が自由に散策できる。
庭園の整備はボランティアが行っており、病院と地域住民とのつながりもメリットの一つだとうたわれていた。

また、五階には広いラウンジがある。入院患者は、ここで窓からの景色を眺めたり、読書をしたり、好きなようにゆっくり過ごすことができる。
ウイルス禍が明けて、夏祭りやクリスマス会のイベントが、ラウンジで再び家族を招待して開催されるようになった。

飲み物の自動販売機や、持ち出し自由の本がならんだ本棚、マットがひかれ、おもちゃで遊べる子ども用スペースもある。
大きな窓から広い海と空を眺めることができる。
病院のパンフレットのラウンジ紹介ページには、その大きな窓の写真が掲載されていて、療養中に陥りがちな暗い気分を払拭してもらおうと「明るい空間でリラックスできます」「心を癒す明るい空」など明るさをアピールしていた。

 それを見て「このラウンジ、そんなに明るいか?」と思ったのは入院患者で十五歳のリクだ。

確かに天気の良い日は青空が広がり、海が遠くまで見わたせる。
雲が流れていくさまを眺めたり、遠くの水平線あたりを通る貨物船を見ていると、のどかな気持ちになれる。
夕焼けの海に、太陽が沈んでいく様子をじっと眺めていると心が安らぐ。

しかしリクは、天気が良い日、晴れているはずなのに、ラウンジに漂う何とも言えない不気味な暗さを感じることがあった。
自分の気のせいかと思い、ある日――その日も晴天の割には暗い雰囲気が漂っていた――面会に来ていた母親にさりげなく訊いてみた。

母親は自動販売機で買ったカフェオレを飲みながら
「そうね、なんとなく暗い気がするわね」
とリクの意見に同意したが、少し何かを考えて
「あ、この窓、ひょっとしてUVカットガラスじゃない?だからちょっと暗く見えるのかも」と言った。
紫外線によるシミ・そばかすを恐れている母親は、UVカット関係には敏感なようだ。
「そうか、なるほどね」リクはなんとなく納得した。

 その後、パンフレットのラウンジの写真の下に、いつのまにか「UVカットガラスを使用しています」というキャプションがつけられるようになった。
誰も知らない間に……

(つづく)

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第2話~第14話(最終話)





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