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入院日記



入院中はほとんど寝ていた。
暇で耐えられないと思うからたくさん暇つぶしグッズを持っていくといいよと言われてそうしたけど、映画もゲームもやる気にならなくて、起き上がるのもやっとで、それは起き上がれないほど体調が悪いというわけでもないんだけど、ただただ起き上がれるだけのエネルギーがなくて土曜日に昼過ぎまで寝転がっているのと大体同じ感じで布団を被ってぬいぐるみを抱えて丸まっていた。休みは休むだけの時間だからきっとそれでいいんだけど、それは分かっていても漠然と不安、というかそもそも何もうまく考えられなくて、漠然とした不安なんてもう何周もやっているので飽きていて、何もかもに飽きた。頭が痛いとか眠いとか明確な身体症状があればむしろ言い訳ができるので気が楽で、ただずっと喉が痛いだけで、それだけで病人ヅラしてるのもそこまで衰弱してるわけでもないしなんかなという感じで、何をできるわけでもないので衰弱したふりをしてるままモヤモヤして、こんなにやる気もないのにまだ11時かあと思ったりしていた。飽きることにも飽きて、何をするのも億劫だなと思いつつ本は開けば読めるので持ってきた本は3,4冊読んだ。(ゲームは電源を入れなきゃいけないし映画はどれを観るか選ばないといけない)どれもいい本だったし今の自分に良さそうなことが書いていたけど頭が重くていまいち理解できたかよく分からない。ぜんぜん別の本なのに、「午後から雨になるらしい」と言う発言をする時の話と、「多様性という言葉について、」という具体例が両方に出てきて面白かった。



ずっとつけてる指輪を外した。
手術前に全てのアクセサリーを外す必要があって、普段指輪とピアスとネックレスは付けっぱなしで外すことなんてないから付けてるのも忘れてて、でもこれは私の体ではないので手術中は手術着しか身につけてはいけないので外した。外してみると心細くて、つまりいつもほぼ無意識に守られていたような気がする。
ずっと付けていたから気付かなかったけど指輪は内側に刻印があって、ete 10Gと刻まれていた。eteはブランド名で百貨店とかによく入ってる見たことある店で、でも買ったのは百貨店じゃなくてアンティークショップで、買う時に「10金だから良いものですよ」と言われてその時はなんでなんの変哲もない指輪が10金だなんて分かるんだろう、まぁそういう店だし目利きなんだろうなと思っていたけど、なんてことはなかった、読めば分かるということだった。本当に10金だったことと指輪に守られていることが分かったのでこれからも大事にしようと思った。


日々の変化はほぼなくて、今日が何日かもあんまり分かってないまま、ただじりじりと喉の痛みがややマシになっているようないないような程度で、声を出すのもままならないので思っていることを誰かに話すこともできなくて散漫なまま、身体だけはそのまま確実に存在して、消えたりもせずベッドの上にのさばっていた。
食事はほぼずっと流動食で、重湯というお粥の上澄みみたいなやつと、清汁というただの出汁か味噌スープかコンソメスープと後はヨーグルト味のジュースだった。それなりに味がして十分美味しいと思った。同じ手術の体験記みたいなのを読んでると、軒並み「お粥の味に飽きるのでごはんですよが必須!僕は全部食べ切りました」みたいなことを書いていて、それを話していたから、親友が事前のお見舞いにちょっといい海苔の佃煮を持たせてくれていたんだけど、そもそもお粥にすらならなくて、申し訳なかった。
私のちょうど一週間前に、大食いの芸人さんが同じ手術を受けていて、それがLINEニュースになってて、そこで「食べることしか考えられなかった」みたいなことを言っていたんだけど、私はそんなふうには思わなかったから、そうか、そうだよなとちょっとびっくりした。点滴は動きが制限されるのとちょっと痛いのが煩わしいけど食べなくて済むなら別にそれでいいかという気持ちで、痛い思いを堪えてまで食事をあげようとはあまり思えなくて、食べることにあんまり執着がないのかもしれないと思った。
一回、ペットボトルの水を飲み切ろうとちょっと多めに飲み込もうとしたらむせ返って飲み込めなくて、全部タオルにこぼしてしまって、水だからぜんぜん大丈夫なんだけど、水すらうまく飲めなくてなんかもう全て嫌になってしまった。
それでもなんとか流動食は全部食べられるようになって、点滴も4日目?には外れたから食べるしか栄養補給のやり方がなくなって、食欲のなさを見かねた看護師さんが食事をソフト食というのにあげてくれて、術後5日目のお昼から食べ物が形のあるものになった。お粥は怖くてぜんぜん食べられなくて、というか蓋を開けていきなり三分粥とかじゃなく全粥が出てきたので絶望してしまった。ほとんど一口だけしか手をつけなくて、やわやわのゼリーだけは食べ切った。やわやわのゼリーだけ食べていたい。

入院中は何もしなくてもいいという大義名分と、最低限の栄養補給とが担保されていて、物理的にも精神的にも守られている感じがする。明日には退院で、退院したら一人で入院中の荷物をスーツケースに詰めてそれを引いて帰らなければならなくて、外の世界は私の事情を知っている人はいなくて、まだうまく声が出せないので説明もできなくて、それが怖くて、でもそうするしかないのでそうするしかない。入院していてもしていなくても正直同じ生活をしている気がするけど、外の世界は容赦がないので怖いし、退院してしまうと現実が現実になるので怖い。
入院しているだけで弱っていっており、なので一週間の入院は完全に衰弱するのと、回復とのせめぎ合いのギリギリ折衷するところという感じがする。退院してしまえばたぶんなんとか日常ぽく戻っていけるのだと思うけど、うまくやってる自分が想像できない。

いろんな人が「よく休んで」と言ってくれるけど、良い休み方ができてる気がしない。怖くてたまらなくて泣いてしまう。
看護師さんが「もっと先の、良くなって気掛かりなく楽しく喋れてる未来を想像しよう」と言葉をかけてくれて、早くそうなりたい。

自分では自分のことがよく分からなくて、人から客観的に見て「よくなってますよ」と言われるのが一番嬉しい。医者の言う「よくなってますよ」は方便だとしてもお世辞ではないと思える。

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