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「無宗教」じゃない日本人の私
イギリスに住んでて、何かの書類を記入する際に
「人種:ヨーロッパ系、アフリカ系、アジア系(さらにインド・中国・その他)、その他ミックス」
「宗教」
を聞かれることがあります。
※言いたくありません、という選択肢も設けられてる場合が多いです。
最近は、「性自認」についても同じ処置が見られます。
ずっと「無宗教」と書いてきたバタコですが
最近になって「仏教徒」を選ぶようになりました。
※スミマセン、得度とかしてないんですが
何かの掟を破ってたら謝ります・・
じゃ、無宗教、なら、何も信じてないのか?と言いますと
「何か」は信じているよな~
と昔から思っていました。
だって、神社に行くとかしわ手を打つし
「移し箸」は(お骨を拾うときにすることだから)お行儀も悪いし縁起も悪いからしない
※「縁起が悪い」という言葉づかいそのものが
何らかの信仰というか慣習というか文化というか、のあらわれ
一体何を信じているのか?
神道 + 仏教 + 日本の伝統文化や慣習
+ 儒教的な教育の成果(年上を敬う、敬語を使う、とか)
説明しようとするより、「仏教徒」って言った方が早いかもね、と。
‥ * ** *** **** *** ** * ‥
「仏教徒」を選ぶ、というのとは矛盾するようですが
バタコは、
煮詰めて、余分なものを捨てて、蒸留すると
宗教の本質って、どれでも同じなんじゃないか
と思っているところもあります。
生老病死・愛別離苦(好きな人と別れ)・怨憎会苦(恨み憎しみを感じる相手と出会ってしまい)・五蘊盛苦(世の中は思い通りにならない、どころか自分のカラダやココロでさえ思うようにならない)、誰に頼んだ覚えもないのに生まれてきて、生きてる以上、殺生をして食糧を摂取しなければならず、そのために勤労し、苦しい目に遭ったり、「生きていくため?」にずるいことをやってしまったり、ひとりで生きていけない・いきたくない、から家族を持った、家族のために戦う場面もある、けどなんか分かり合えなかったり、理不尽だよなぁ。
生きてる意味ってあるの、あきらめて死んじゃだめなの?人に当たり散らして、自分勝手に生きてもよいの?それって迷惑だからそういうヒトを見たら全力で非難した方がイイの?
そして、こういう疑問って改めて別に誰かと話したりしないけど、こんなことを考えてるのは私だけなの?わかってもらえる時が来るの?
WHY?なんで?どうして?
その疑問のすべてに、どうにか、何らかの形で応えようとするのが宗教なのかなぁ?
そして、バタコとしては仏教が一番しっくりくる気がするから選んでるんですが、つらい時に応えてくれるのならば何でもよいのかもしれません。「筋肉が神」?でも。
「神よ、変えられないものはそれをそのまま受け入れる平静さを、変えられるものは変える勇気を、そして、変えられないものと変えられるものを見分ける賢さを与えたまえ」という有名な言葉がありますが、変えられるものの筆頭として筋肉があります!これは神からのメッセージです!筋トレしましょう!
— Testosterone (@badassceo) January 12, 2020
太った→筋トレ
— Testosterone (@badassceo) July 2, 2019
疲れやすい→筋トレ
モテない→筋トレ
不健康→筋トレ
自信がない→筋トレ
自尊心が低い→筋トレ
不安→筋トレ
病み気味→筋トレ
ストレス過多→筋トレ
友達いない→筋トレ
腰痛肩こり→筋トレ
活力がない→筋トレ
なめられやすい→筋トレ
説得力ない→筋トレ
筋トレは全てを解決する
‥ * ** *** **** *** ** * ‥
迷い苦しみながら、分かち合うこともままならず歩く孤独で長い人生、
徳川家康によれば「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し」
そんな中に頼れる(かもしれない)思想としてある宗教。
仏教でもキリスト教でも同じなのかなと思った一例を。
※その他の宗教については知識がないのでわかりません
同行二人 (どうぎょうににん)
お遍路さんのためにあることば (身に着けるものに書いてあったり)
「私はひとりではない、弘法大師さんと一緒にお遍路しているんですよ」
砂浜に足跡
『夢の中で、私と神様が砂浜を歩いています。
私の人生が映し出されて、いつでも砂の上にはふたりの足跡(私と神様の足跡)が残されていました。
でも、私の人生で辛く悲しい時に限って、ひとつの足跡しか砂浜には残っていませんでした。私は神様に
「私があなたを一番必要としていた時に、なぜ私の元にいて下さらなかったのですか?」と尋ねます。
すると、神様は、「あなたの試練と苦しみの時に、ひとりの足跡しか残されていなかったのは、その時、わたしがあなたを背負って歩いていたからなのだよ」とおっしゃるのです。』
この2例、かなり似通っているものがある気がしました、
あなたはなにかを信仰していますか?
最後まで読んでいただいてありがとうございます!