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「ホラー映画談義」01

「人はなんでホラー映画を観るんだろう。そもそもなんで次から次へとホラー映画がつくられるんだろう」
 夕食後、ふたりでカウチにくつろいでワインを飲みながら映画を観ていると、そんなことを言い出したのは、理屈っぽいタツヤの方である。
「それはやっぱり、人気があるからだろうね」
 まともな答えになっていないと思ったけれど、視線を42インチの液晶モニタが映し出すハンサムなアジア系男子のアップに据えたまま、トシは適当に言った。
「じゃ、なんで人気があんのかな、ホラー映画? そもそも俺は観ないけどな」
「じゃ、人はホラー映画をなぜ観るのか?という問いかけには、自分が入っていない?」
「そうそう。自分が入っていたら、最初から『我々は』って言うよ」
「ごめん、ちょっと、後にしようよ。それとも、映画、やめる?」
 ふたりがオンデマンドで観ている映画のジャンルはホラーではなく、主役がアジア系のアメリカ製のミステリで、知らない監督、知らない役者だったけれど、タツヤがいつも必要以上に長々と感想を書いている、そしてトシは面倒くさいので全部は読んでいない、映画SNSで評価が高かったから選んだものである。
 当たり前だが、ミステリというのは、先ず謎、つまりミステリがないと成立しない。そして、その謎というのは大概は人が殺されるか、失踪するかである。娘が失踪し、警察の協力を得ながら、主人公のシングルファーザーは自ら娘の友だち関係に探りを入れてゆく。メールやSNS、動画サイトなどにヒントが散りばめられているところが、現代的と言えた。評判に違わず面白い、トシは先が知りたくて集中して観ていた。
「ごめんちょっと」と、リモコンで一時停止にしておいて、タツヤが席を立ち、しばらくしてトイレから水流が聞こえ、戻ってくると南米産の安ワインを二人分注ぎ足し、何か言いたげだったけれど、再生にした。
 最後には娘は無事に保護され、ホッと安堵の溜息が漏れるメデタシメデタシのエンディングで、トシは余韻に浸るというより、急に現実に引き戻されたような気がしたものだ。それはやや薹が立っているけれども、ハンサムでキュートな父親役の俳優との別れでもあった。立ち上がり伸びをするトシの横で、タツヤは眼鏡を外して、左手の親指と人差し指で瞼を揉んでいる。
「おもしろかったねー」と殊更にトシが言った、人はなんで映画(ホラー映画に限定せず、映画一般)を観るのだろうと思いながら。あるいは、なぜ小説を読むのだろう。フィクションをどうしようもなく必要としている人たちがいるのは、何か理由があるはずではないか、などとタツヤと話し始めたら、大変面倒くさいことになるだろう。ちょっとおかしくなって、クスッと鼻で笑ってしまった。
「何がおかしいの?」眼鏡をかけ直して、タツヤが真顔で訊いた。
「だって、ミステリを観ながら、ホラーの話をするなんて……」
「ああ、そのこと。良い映画というものは、必ずしも観客の心を掴んで離さないとは限らないよね。ふと何かがきっかけになって、色んなことを考えさせられる」
 ほら、また始まったよ。ふたりが付き合い始めた頃は、タツヤの理屈っぽい長話や知識のひけらかしを、時にはマンスプレイニングではないかと思いつつ感心して聞いていたものだけれど、こうして生活を共にするようになると、さすがに煩わしくもなる。根っからの議論好きで、自分なりにアレコレと仮説を組み立てるのを楽しんでいるらしい。その楽しみに付き合ってあげられば良いんだろうけど、やっぱり時には面倒くさくもなる。
「人はなぜホラー映画を観るのかだっけ? でも、たっくんは観ない。そう、たしかに一緒に観たことがなかったような気がする」
「それは、俺が怖がりだからなんだな。子どもの頃、お化け屋敷が嫌いだったもの。恐怖でね、身が竦んで前にも進めず、後ろにも戻れず。だから、お金を払ってまで怖い思いをしたがる人の気が知れないよ。トシは観るだろ? サントラいっぱい持ってるじゃん」
 トシはレコードとCDのコレクターであって、クラシックからロック、ジャズからサウンドトラックまで集めている。
「うん、たまに」
「なんで観るんだろう?」
「なんでかな。ホラー映画って、予算もかからないし、スターも必要ないから、コストパフォーマンスが良いって聞いたことがあるけど……関係ないか。うん、ミステリとかサスペンスとかアクションとかおんなじで、やっぱりハラハラ、ドキドキしたいから」
「ミステリ、サスペンス、アクションなら、俺も観るよ。でも、幽霊とかゾンビとか呪いがどうだとかは観ないなあ。そりゃ観たことはないとは言わないけどさ、なんかワンパターンじゃない?」
 そう言いながら、オープンキッチンの冷蔵庫から、新しいワインのボトルを持ってきた。完全にタツヤのペースだ。
 タツヤは都心の外資系企業に、トシは郊外の介護付き老人ホームに勤めていて、休日が重なることは稀である。とくに予定は立てていないけれど、明日はその稀な日で、飲みすぎるとせっかくの休日が台無しになってしまうだろう。40代、セックスレス、二人は酒に溺れがちだった。

(続く)

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