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【掌編】カラスとハーモニカ

 緑地の川沿いの遊歩道を散歩していると、どこからともなくハーモニカの旋律が聞こえてくる。初めは、ラジオからでも流れてきたのかと思った。台風一過の土曜日の昼下がり。

 勇ましい行進曲のようだった。それがハーモニカの哀愁を帯びた音色で奏でられると、聞き覚えはないけれど、どこか懐かしさに似た感覚に捉えられる。どこから聞こえてくるのだろう、ランナーや家族連れの邪魔にならないように立ち停まって、しばし耳を澄ませる。

 すると、三方をプランターの植込みに隠されたベンチに腰かけた、横縞のポロシャツのお爺さんの孤独な背中へと視線は吸い寄せられてゆく。ポータブルラジオではなかった。一心にハーモニカを吹き鳴らしている。

 その老人のちょうど頭上へと街路樹が枝が差し伸べていて、そこに一羽のハシボソガラスが止まっていた。黒光りする嘴につぶらな瞳、まるで音楽に聴き入るかのように、小首を傾げてじっとしている。

 生ゴミを食い荒らしたりするから、あまり良いイメージのないカラスだけれど、知能は6歳児程度あって、犬よりずっと賢いという。メロディを楽しむような感性があるのなら、仲間たちが集まってきて、カラスのための音楽会となっても良さそうなものであるが。

 子どもの頃飼っていた大型テリアは、夜鳴きそばのチャルメラが聞こえてくると、決まって起き出してきて、檻の中でちょこんと座って遠吠えするのだった。それを寝床で聞いていたことを思い出す。そのアオーンという鳴き声が、近づいてくるチャルメラの旋律に唱和するようにいよいよ佳境に差し掛かると、目覚めた他の犬たちの遠吠えが近所のあちこちから次々と上がってゆく。あれは子ども心にも、うら寂しい鳴き声だったなあ……。

 どれほど経ったのかは定かではない。日は移ろい、やがてハーモニカの演奏が消え入るように止むと、頭上のカラスは全身を震わせ、お辞儀をしながら喝采するかのようにガアアアッと二声鳴いてから、葉叢をそよがせてさっと飛び立っていった。

(了)

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