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防災とまちづくりについて考えるー加藤孝明先生インタビュー 前編

みなさんこんにちは。都市整備課です。
今回はまちづくりの災害との付き合い方について、東京大学の加藤孝明教授に話を伺ってきました。
加藤先生は、都市計画、まちづくり、地域安全システム学の専門家の先生で、日本の防災まちづくりの第一人者です。都市災害シミュレーションに関する研究を行う一方で、日本各地で自治体とともに、防災を主軸とする総合的な地域づくりの先駆的な取り組みをされております。

それではさっそく、伺ったお話を紹介します。私たち自身もとても勉強になりました。後半になるつれて盛り上がります、ぜひ最後までお付き合いください!

1.最近のまちづくりに感じる違和感

■加藤先生:
最近のまちづくりを振り返ると、東日本大震災以降、瞬間風速的にまちづくりを取り巻く雰囲気が変な感じになっているというのが僕の認識なんです。そこから話をしましょう。

東京大学 生産技術研究室 加藤 孝明 教授

①自然と町の関係

■加藤先生:
 まちづくりをする人の多くは町について先に考えて、その後に川について考えていると思います。ですが、本来は川があってそこに町ができるものです。そのことをしばらく忘れている気がしています。
 東日本大震災のときに、南三陸町の方が2年後ぐらいに「あの津波を経験して自然の中で人間は生かされているっていう当たり前の事実に気がついた」と言っていました。辛い出来事ではあったんだけれども、日頃は、漁業であったり自然の恵みを受けている。やはり僕達は自然の中で生きているんだという自覚をもう一度しないといけない。おそらくこれからはそういう時代なんです。人間は自然の中で生きているという自覚が無かったら、地球環境問題は絶対に解決できない。この自覚が薄れてきている、それが1つめの違和感です。

志津川湾に向かって建物が並ぶ南三陸志津川さんさん商店街(出典:UR都市機構HP) 

②都市の価値の測り方

■加藤先生:
 2つめは、都市の価値というのは何かということです。私が大学生のころはバブル絶頂期でした。都市工学の授業では、今のドバイのような感じのまちづくりについて学びました。
 その後バブルが終わり経済が安定成長期になり、徐々に右肩下がりになってきました。これまでの日本は、都市の価値をつくり出すことにおいては、機能とボリュームだけで勝負していました。ですが、これからはいろいろな価値が存在していて、その価値をどう生み出していくのか、のがまちづくりの勝負な気がします。

■加藤先生:
国土交通省が事業をする際は経済効果などを算出します。整備した海水浴場に1万人やってきて1人1,500円使うと、いくらの利益があって元が取れるかどうか、という計算です。けれども本当にそれだけでよいのでしょうか。

■今(関東地整 都市整備課):
経済以外の「いろいろな価値」の測り方ですね。交通安全の分野では、人々の表情の変化を図る研究があります。どれだけ笑顔になったかとか。「幸せ」は数値化が難しいですよね。

■加藤先生:
そうです。その周辺に住んでいる人達の誇りというか自慢というか、そういうことが間接的にすごく地域づくりには重要な気がしています。都市計画、まちづくりでも、地域の人に誇りや自慢といったプラスのものを与えていく必要があると思っています。

③いまの安全至上主義は行き過ぎ?

■加藤先生:
 東日本大震災以降、まちづくりの大きな変化点が2つあると思っています。1つは「安全至上主義」。安全でなければならないという雰囲気に僕はものすごく違和感を持ちます。都市計画の分野で言うと、例えば木造密集住宅地のように、完全に安全ではない状況と長年共存してきました。今現在100%安全ではないことは前提で、リスクを受容しながらいかに幸せに生活するかを常に考えていたわけです。それが東日本大震災をきっかけに、いきなり安全至上主義に極端に傾いたんです。一方で、自然の外力は上限がなさそうだということも学んできています。今後はリスクを受容しながらいかに幸せに生活するかというスタンスのほうが、主流にならなければいけないはずです。

令和元年東日本台風により甚大な被害をうけた長野市穂保地区(出典:国土交通省HP

 それが近年、「流域治水」という考え方が出てきて、リスクと付き合う方向・雰囲気に近づいてきています。多分、河川管理者は内心「川のキャパを超えたら水があふれるのは当然」と思っているんだけれども、正面を切っては言えないんだと思います。

【流域治水】
気候変動の影響による水災害の激甚化・頻発化等を踏まえ、堤防の整備、ダムの建設・再生などの対策をより一層加速するとともに、集水域(雨水が河川に流入する地域)から氾濫域(河川等の氾濫により浸水が想 定される地域)にわたる流域に関わるあらゆる関係者が協働して水災害対策を行う考え方です。

国土交通省HP 「流域治水」の基本的な考え方

■柞山(関東地整 都市整備課):
私は今まで、河川管理者として仕事をしていました。職務としては「水を貯めなければいけない」、「水を川の中で安全に流すことが正義である」という考え方が大きかったように思います。

■加藤先生:
そんな変な責任感を持ちすぎないほうがよいのにと僕には見えていました。そこも違和感があります。

■今:
以前、加藤先生は「災害に対して世の中がヒステリーを起こし過ぎている」とおっしゃっていましたよね。

■加藤先生:
そうですね。この話は本当に震災直後からずっと言っていました。

河川管理の考え方を話す柞山(左)

④都市計画が受身すぎ?

■加藤先生:
 最後に4つ目です。都市計画関係者は、防災を検討する際、もっと積極的にまちづくりの方針を主張すべきと考えます。東日本大震災の復興で防潮堤ができて、まちのハザードを条件として計画を作るという形が定着してしまった。一部の地域では防潮堤の高さをどうするべきか地域で議論をやっていますが、多くのまちは防潮堤の高さありきでまちづくりの方針を決める形になっています。あの都市計画の受け身な姿勢に違和感がありました。もっと条件に対して都市計画側と防潮堤のキャッチボールがあってよいはずです。でも、今は都市計画側が受け身というのがスタンダードになっています。

今挙げた4つの違和感やギャップを含んだ形で、現在の流域治水があります。でも流域治水の議論を深めていく中で、そのギャップが解消できるのではないかという期待を僕は持っています。 

2.流域治水の本質とは

〇痛みのシェアで努力のシェア

■柞山:
今まで、河川管理者は堤防整備などをどんどん進めてきたので、川から水が溢れるということは悪と考えているイメージがあります。

■加藤先生:
そうです。河川管理者はすごく一生懸命やっている。だけれども、キャパを超えたら絶対どこかにあふれて、溢れた水はどこかに流れるか溜まるしかありません。その中で、流域治水というのはその痛みをどう流域全体でシェアしていくのかという計画だと思っています。だから痛みのシェアとも言えるし、努力のシェアと言えるかもしれません。

〇地域毎の役割

■今:
私は都市計画関係者が向き合うべきこととして、緑地や農地を保全して雨を浸透させる場所を守ることが大切と思っています。いかがでしょうか。

■加藤先生:
 都市の中で水を浸透させるという話は重要ですが、それだけでは少し矮小化されている感じもします。都市単位で考えるとスケールが小さく、小さい範囲で考えるから、できる施策も限られている感じもします。だから都市単位のスケールに加えて、流域全体でも考えなければいけないし、いろいろなスケールで考えるべきです。
 
やはり、流域全体で、自然の特性に合わせて川とまちそれぞれの役割というのがあって、都市の中でも与えられた役割を果たすという、その二層構造が必要だと思います。

 例えば、千葉県の一宮川という川があります。茂原市を中心とした川で令和元年に洪水が起き、上流では人が亡くなっています。

令和元年10月台風第21号 (一宮川と豊田川合流点付近)
出典:一宮川水系流域治水プロジェクト 
一宮川流域の中の長柄町の位置(出典:二級河川一宮川河川整備計画)

 茂原の上流にある長柄町の人達の話を聞くと、普通だったら「二度とあんなことを繰り返してはいけないから、とにかく早く河川改修をやって欲しい」と言います。と思いきや、「僕達には地形から来る上流の責任があるから」と言うんです。町長も副町長も住民もです。長柄町であふれた水を川で流せば、下流の茂原で溢れるのは分かり切っているからです。

 ある意味、川が身近な地域で、昔からその圏域で文化が創られてきているので、今に始まった話ではなくて昔からそういう感覚があるんでしょう。だから長柄町の人達は流域全体でちゃんと考えて自分達の役割を理解しています。そして、個々の自分達の集落の計画も河川管理者(県)議論しながら考えています。住宅地のかさ上げをしたり、場合によっては移転したりというのが進んでいるんです。自治体を越えてどう計画をつくっていくかというは、すごく面白いですよね。多分これが目指すべき国土計画なんだと思います。

長柄町での意見交換会の様子(出典:一宮川流域通信)

※一宮川流域治水シンポジウムでの加藤先生の講演動画(約35分)


〇計画的なリスクの偏在化

■今:
まちづくりの施策には、災害の危険がある地域から住宅を移転させようという「防災集団移転促進事業」という施策があります。

【移転促進】
移転促進とは、災害時に被災する可能性の高い地域から安全度の高い地域へ移転を促す施策です。

■加藤先生:
 危ないからと言ってその地域の人達をどかすというのは、実は僕はあまり好きではないです。「危ないから」という理由ではなく、「ある地域を守るために」ここに水を溜めるから、みんなのために移転をお願いしますと言うのだったら分かります。これは流域全体でリスクをシェアするという考えと一致します。そのように、「ここは浸水を許容して水を貯める場所です」とか、「ここは被害を最大限抑える場所です」と。思いっきりメリハリをつけていくことが必要と考えます。つまり、リスクを計画的に偏在化させていくというのが流域治水の肝だと僕は思っています。

 とある方が「今の河川管理はロシアンルーレットだ」と言っていました。
だから全域で対策しなければいけないんです。不確定性が対策をやりにくくさせているというのがあります。堤防が越水するならここと決めてもらえれば、そこを集中的に対策すればよいわけです。だからむしろ氾濫の仕方をきちんと計画化するというのがこれからの流域治水の方向性として必要と思います。

■中尾さん(オリエンタルコンサルタンツ):
霞堤によってわざとあふれさせている川もありますよね。

出典 中国地整HP


■加藤先生:
そうです。あふれ方を流域側できちんと計画化して流域全体で合意しておく。それが行き着く先ではないかなと僕は思います。

〇人知れずの犠牲を無くす

■柞山:
 令和元年東日本台風で浸水したとある地域に、「緊急治水対策プロジェクト」として遊水地の計画を立てました。しかし、地域の方々からなかなか理解が得られないと聞いています。河川管理者として「みんなを守るため」と言ったとしても、地元の人たちは「ただでさえ被災したのに、また沈められるのか」という思いがあるのだと思います。
 また、地域の方からすると、河川管理者は今まで川を安全に流下させるための整備をしてきたのに、突然まちなかに水をためる池を作るという方向に転換した、と思われるんです。このギャップは河川管理者もうまく説明できずに苦慮しているのではないでしょうか?

■加藤先生:
 遊水地の計画を見せる以前の話ですが、防災知識のベースを作ることが重要だと思います。防災教育として、単なる「逃げましょう」という、ある一部の結論だけを教えるのでは足りません。町にあふれた水を流域で何とかしなければいけないという前提と、地域毎の役割があるという防災の文化を、ベースとして創っていくのが本来の防災教育だと思っています。

 洪水が発生するときに、あるところが浸水すれば、他の場所は浸水被害が軽減されるので、犠牲を払うところと恩恵を受けるところが当然出てくるわけなんです。そういう所は、人知れず犠牲になっているではないでしょうか。

 本来は、被害が軽減された地域の大勢の人から「ありがとう」と言われるべきです。今は感謝の仕組みというのが一切ないんです。遊水地として計画的に浸水させた田畑等には、税金の免除のほかにも、被害が出たときに義援金を出す等で、お釣りが出るぐらい、助けられた側からお礼をしたほうがよいと思います。やはり犠牲になる側のところにどれだけプラスをつけられるか、プラスマイナスゼロ以上にしていきたいです。

以上が前編です。ボリュームの多い記事を最後まで読んでくださってありがとうございます。後編では防災施策、行政姿勢についてお話をお伺いします。来週記事公開予定です、お楽しみに!

R4.11.15 東京大学 加藤研究室にて

★このメンバーでお話を伺いました★
インタビュアー
左下:今佐和子(関東地方整備局 建政部 都市整備課 課長)
右下:柞山このみ(関東地方整備局 建政部 都市整備課 技術指導係長)
インタビュー補助
左上:木村美瑛子((株)オリエンタルコンサルタンツ)
上中央:中尾毅((株)オリエンタルコンサルタンツ)
右上:梅川唯((株)オリエンタルコンサルタンツ)

2023.2.16追記 後編UPしました。