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救いのインド 年始・高知の旅②

午前9時、ゲストハウスの下段ベッドからはい出した。日付が変わるころまで談話スペースで飲んでいた中年男性3人組は既にいない。ゆっくり着替えて外に出ると、昨晩はシャッターが下りていて気付かなかったが、店が何軒か開いている。総菜屋には弁当やチキンカツ、海産物屋のガラスケースには干物が並んでいる。Googleマップには魚の棚商店街と表示があった。夜は飲み屋もあったので、ここで完結できるなと思った。

帯屋町のアーケードを歩く。気になっていた地場大型書店の金高堂に入った。敷居の高くない品揃えだ。そうかと思えば、奥の人文書の棚にはなぜか本岡拓哉『不法なる空間に生きる 占拠と立ち退きをめぐる戦後都市史』(大月書店)がある。神戸や広島のバラック街の消滅過程を調べ上げた学術書で、色々と学ばせて頂いたことを思い出した。ごちゃ混ぜな品ぞろえは巡っていて楽しい。

その金高堂の真裏には、なんと図書館がある。オーテピアという名前で、昨晩宿にあった市内名所の地図に載っていて気になっていた施設だ。真新しい地上5階建て。1階は声と点字の図書館で、目や手などが不自由で活字が読めない人のための録音図書や点字図書が揃っている。対面音訳もしてくれる。中を見回していると、杖をついた男性がこちらに向かってくる。知らぬ間に点字ブロックを塞いでしまっていたことに気付き、慌てて退いた。

2階から4階は一般図書館。雑誌をしばらく読んだ後、見て回る。開架の横に静寂読書室というゾーニングされた空間が備わり、防災や健康など地域課題に合った図書展示コーナーもある。地元資料のレファレンスも充実していた。書庫は階と階の間に挟まるように配置され、エスカレーターから様子が分かる。5階は科学館でプラネタリウムもある。

子どもからお年寄りまで、市民が一日ゆっくり過ごせる公共施設だと感じた。そして多様な人々に開かれ、それを意識できることがいいなと思う。ひろめ市場のすぐそばだから、自分のような観光客もふらりと入りやすい。ネットで調べると、オーテピアは全国初の県と市の共同運営の図書館だった。だからあれだけ蔵書やレファレンス機能が充実していたのか。県立と市立で図書館の役割が異なるため組織は区分しつつ、サービスは統一して利用できるようにしてある。人口減少が著しい県だからこそ、文化面でもまちづくりの面でも公共図書館を中核に据えられたのかもしれない。

もちろん地域によりけりだろうが、その点まだ民間がなんとかなっている都市部は意識が鈍そうに感じる。

昼食を取ってとさでん交通の路面電車に乗った。子どもの頃読んだ鉄道写真の本で、ひらがなで大きく「ごめん」と行き先表示された高知の路面電車は特に記憶に残っている。漢字では後免と書く。車内は外観以上に年季が入っていて床は板張り。シートも狭いので身を寄せるように乗り合わせる。車窓の高知平野を眺めているうちに、終点の後免町まで行ってしまった。高知市の隣、南国市の旧市街地で、かつては水運で栄え、四国山地の材木の集積地だった。今ではすっかり空洞化して、商店街は年始であることを割り引いてもひっそりしている。少年時代をこの地で送ったやなせたかしのキャラクター像が至る所にあってなんとも言えない。商店街の奥にある空き店舗を使った交流スペースで、地域おこし協力隊員の方と少し話をした。南国市自体は沿岸部に空港や物流工場が集積する比較的豊かな地域で、山間部の方は景勝地も多いようだ。

地域おこし協力隊の方に見せて頂いた、にぎわう戦後の後免の写真

路面電車で引き返し、せっかくなのでひろめ市場へ向かう。4時過ぎの時点でかなり混雑していた。いわゆるフードコートだが、仕組みがよく分からなくて戸惑う。適当にパック入りのカツオタタキと巻きずしとビールを買って、フロアの真ん中にこじんまりと設けられた1人席に座った。ここを根城にするべきだったが、お盆を置いたまま買いに出ると片づけられてしまいそうで、食べ切ってそのまま席を離れてしまった。もう少し味わいたいのだが、混雑は激しさを増して新たな席が見つからない。

オロオロしていた時、フロア一角のインド料理店ゴータマの「持ち込み可」の張り紙に気付いた。自前の席がある所は大体持ち込み禁止だが、ここは何か頼めば料理は他で買ってきてもいい。しかも優しいオーナーさんが店の前の共有スペースの席を確保してくれていた。大変ありがたい。アルコールは弱いが、みんなが飲んでいる姿にそそられて生ビール大を注文した。ビアガーデンにいる気分になる。喧噪の中で、他の店で頼んだカツオの煮込みをつまんだ。

観光客だらけではあるが、地元の人や帰省客もいるようだ。部下を連れて家族と飲んでいる、東京からUターンしたらしい男性の会話に耳をそばだてた。娘さんも地元の学校になじんでバイトをしているらしい。1人旅では利用しづらさもある市場だが、観光地としての演出と日常が入り混じる空間で面白い。何より、どこにでも進出するインド料理店(恐らくネパールの方がされていると思うけど)の逞しさに驚くしかない。

翌朝は接続の関係で5時台の鈍行に乗ろうと画策していたが、案の定寝坊。仕方なく高松行の高速バスで高知を離れた。遠いが、改めてゆっくり再訪したくなる。その時はあの店でインドカレーを注文しなければならない。

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