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瑞牆山 Trainspotting(トレインスポッティング):12d R 第二登

5月5日15時頃


登るチャンスはいきなりやってきた。
「かんちゃ〜ん、カムの回収どうする??」
けいすけさんが、スムーズに再登した。

僕の番か‥。
返事に迷う事数十秒。
「回収で!!!」
声が口からいつの間にか出ていた。
あぁ‥。言ってしまった‥。
まさか今日リードする事になるとは‥。なんで回収って言ったんやろか‥。
もうやるしかない。
後悔と緊張、そして、これからトライするゾクゾク感が大きな波となって急に襲って来た。


5月4日

ボルダーに囲まれて1人静かな森の中
鳥・動物の声、川の声と風に揺れる森の葉っぱ達の声しか聞こえない

瑞牆のキャンプ場は、村が出来上がっていた。
独り身のクライマーが居る場所なんて無いぐらいに。
3日の夕方に知り合いと会い、その時に一緒に下まで下ろして貰えば良かったと、キャンプ場を見た後に後悔した。
どうしたもんか‥。そういえば、水があって、広くて誰も来ない場所が、トレインスポッティングに行くアプローチの途中であったなぁと思い出す。
アホみたいにいっぱいある荷物と、キャンプ場を見比べる。
「はぁ‥。」
と溜息をつく。あの場所まで普通に歩いて10分。荷物を大量に担ぐとして、20分‥。キャンプ場を諦め、森の中に泊まる事を決める。
そんな夜を過ごし、5月4日は、1人でトレインスポッティングをバラしに行く。
マイトラでトライするとワンテンまで行けた。うだうだムーブを確認している途中に雨が降ってきた。テントの外に色々物を出していたので、逃げる様に撤収する。
静かな森の中で、川の音とたまに聞こえる動物の声しか聞こえない。昔の瑞牆ってこんな感じだったのだろうか?と思いにふけながら眠りにつく。

5月5日


けいすけさんと朝ゆっくり合流する。
トップロープを張った後に、オフセットカムが効きするのを確認し、そのまま流れで登る。
昨日と同じ所で落ちたけど、めっちゃスムーズなワンテン。
これはイケる!と初めて感じた。
けいすけさんもスムーズにバラしていく。
お互い結構良い所まで詰めているので、短い時間で僕の番が回ってくる。
次は、確実で繋がる気持ちで、ロープを引っ張りながら擬似リード的に登る。
繋がってしまった‥。
どうしよう‥。
下から
「カム回収するの???」
と声が聞こえる。
即答で、
「振られ止め付けながら降ります!!」
と返す。
たまたま繋がっただけかもしれないしね‥。
けいすけさんも繋がってた。
降りて来た後に、
「かんちゃんが次ノーテンで行けたら、リードするわ〜」
と軽い口調で話す。なんて人任せな‥笑

次は本番ぽくする為に、ヘルメットを着けて擬似リードする。
繋がった‥。ノーテンだった‥。
2回連続で繋がり、確実に登れるという高揚感と、緊張するビレイが待ってるという、変な感情が混ざり合った。
カムを回収し、ビレイをする。
けいすけさんが棚から離れていく。6m程のランナウトをこなし、落ちてはいけないゾーンに入っていく。
「頼む!落ちないでくれ!!マジで頼む!!!!」
心の中で叫びをあげる。変な緊張が手汗を生む。いつでも落ちて来ても良いように構える。
そんな心配をよそに、けいすけさんは無事に登り切った。

そして、冒頭に戻る。
緊張のビレイが終わったのに、別の緊張が襲ってきた。
「いや〜、楽しかったわ〜」
降りてくると、いつもの様に爽やかな顔でけいすけさんが言う。
それを聞きつつ、だんだん顔が強張ってくるのが自分でも分かる。

30分ぐらい本当にトライするのかどうかを考える。
上で落ちて、カムとボールナッツが吹っ飛んで、ぐちゃぐちゃになる自分を、どうしても想像してしまう。
「足折ったら教育実習はどうするの??」
と頭の中で自分に声をかけられる。
「不安だったらやるべきじゃない。」
と心に声をかける自分が居る。
「次出すと4便目でしょ?ヨレてる状態で出来る訳ないでしょ。」
と耳元で聞こえる気もする。
それはそうなんだよ‥。全部事実で、明らかな気持ちが追いついてない。やるべきじゃないよなぁ‥。
「すみません、トップロープ張り直して貰えませんか?」と喉まで出掛ける。でも、どうしてもその言葉を出したくない。
言い訳の理由探しなんか無限に出来る。
けれど、今言い訳をしてしまうと、一生、自分に負け続ける気がする。

落ち着いて、客観的事実だけ見る事にする。
上で落ちなければ、12m強のフォールで済む。しかも、ちゃんと固め取っておけば怪我はしない。
そして、上もちゃんとレストをすれば絶対落ちない。事実、一度も落ちた事がない。
リスクと事実を落ち着いて比べる。

「もうちょい休んでビレイお願いします!!」
声をかける。
一応、山岳会に計画書を送り直し、万が一に備えておく。送れた事を確認すると、機内モードにする。
もう後戻りは出来ない。

ゆっくり20分過ごし、ロープを結ぶ。
「棚から行くとき言ってね!ビレイグラス外すから!!」
と声をかけられる。「この人がビレイヤーでマジで良かった。」と思った。
お互い確認をし、
「じゃあ、お願いしゃっす。」
地面を離れる。

棚までは完全に自動化したムーブでスムーズに登る。

アプローチの11前半の左上クラック


棚のプロテクション設置に少しごちゃごちゃしたが、ゆっくりレストする。液体チョークをポケットから出し、手にかけるが、予想以上に出てきて液体が手のひらから溢れる。
手を乾かす。液体チョークを棚の隅に置く。チョークを手に付ける。足もレストする。
3,4分レストした後に、
「頼んます!」
と声をかける。
棚から離れる。
下部のレイバックをこなす。
右手の結晶がなんかちゃんと掴めてないが、浅いフットジャムで左手を飛ばす。
上手く掴めた。足を送って右手も寄せる。
ここまでは順調だった。
足順を間違えた。一瞬、諦めると言うワードが頭をよぎったが、もう遅い。足がプルプルする。意地でも落ちたくない。気合いで元の順番に戻して、もげたフレークのゾーンに入れた。
右手を1回シェイクして、チョークアップする。
左手も1回シェイクして、チョークアップする。
右手をデット気味にクロスで飛ばす。
良いところをちゃんと掴めた。
足を上げて、左手もピンチで寄せる。
右手を一瞬レストさせる。左手もレストさせる事も考えたが、レストしたら落ちる気がしたので、核心のムーブに入る。
右足を高く上げる。両手を強く握り込む。左足も良いスメアの所まで上げる。
右手を悪目のカチにじりじりと伸ばす。ヨレてるせいか、若干遠く感じた。

頼む!届いてくれ!!!
ランアウトは、既に6m弱。意地でもここで落ちたくない。

指先に感覚があった。良いカチに右手を送る。
左足を結晶に上げる。
「アァァ!!!!!!!」
思わず声が出る。
声にならない声で左手の良いガスを取りに行く。
核心を越えれた。
今日見つけた0.4/0.3オフセットカムを設置する。その上に、赤ボールナッツを設置する。
効いている様に見えるが、これが止めてくれる保証は何処にもない。もしかしたら、岩が剥げて飛ぶかもしれない。そして、足元で落ちプロテクションが飛ぶと、地面まで‥。
しかし、意外と落ち着いている自分がいる。
レストする。
「頼みます!」
声をかけて、落ちてはいけないゾーンに入る。
左手を良いカチでフルロックするして、右手のカチを取りに行く。
左手を上げて、右手の少し甘いピンチを取る。最後のムーブをおこす。
声にならない声で叫ぶ。
足元にプロテクション。ここで落ちるわけにはいかない。
ガバを取りに行く。
目の前には、終了点があった。
「張ってくださーい!」
どうやら、無事に登れたらしい。
喜びと、無事に登れた安堵感に包まれた。
下に降りると
「ナイス~!ビレイマジ緊張した笑」
と声をかけられる。確かにあのビレイは緊張するだろうなと思った。
マジで落ちなくて良かった。そして、急な疲れがどっとくる。意外とヨレてはいなかったが、緊張から解き放たれた疲れが急にきた。

最後に


スタイルとしては、リハーサルをしまっくって、確実に登れるまでほぼほぼ自動化し、プロテクションもぶら下がりながら確認するという、冒険性が全くないスタイルだった。
けれど、誰の為でもなく、”ただ単に自分が登りたい”という欲求は満たされたと思う。

尊敬する先輩に、
「シリアスクライマーになれてる?」
と聞かれた事がある。少なくとも、僕のクライミングにはいつも他者がいる。数字やルートの価値を追い求めている。それは、フィットネスやスポーツと何ら変わらないものでもある。クライミングの本質って何だと思うの?自分の為にクライミングをしてるの??と聞かれたのだと思う。
この問いに対する答えを体現するようなクライマーになる為には、まだまだ時間がかかりそう。でも、今回は、ちょっとだけシリアスなクライミングが出来たと思う。
ボルトもfixも無い綺麗な岩を見上げながらそう思った。

p.s
グレードは、リハーサルをしまくったので何とも言えないが、山灯火と同じように感じるところもあるし、龍脈門と同等に感じるところもある。いかんせんこの手のルートをあまりやった事が無いのでよく分からない。
形容詞は、個人的にPDでも良いとは思う。しかし、まだ表面が安定しておらず、終了点直下で落ちるとどうなるか分からないので、一応、Rにしとこうという結論でまとまった。
ただ、グランドアップでは出来ると思う。6m弱のランナウトに耐えながら核心をこなさなければならないが、落ちるプロテクションはかなりしっかりしているし、何個でも設置できる。
ただし、最後で落ちると結構際どいので(プロテクションが飛んだら地面)、気をつけてください。
ルートは、マジで内容が詰まってて、良いルートなのでトライしてみてください。

ビレイヤーに困った時は、呼んでください。ビレイしに行きます。

カエル

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