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【感想】fukui劇vol.10A公演「母孵ル、~晩秋の夜~」

とてつもなく繊細に作り込まれた不条理コメディ

こんな作品に出会えるなんて、観劇三昧に登録してよかったと思える瞬間だった。
本編が始まって、まず美術のクオリティに感動する。
なぜ感動するかと言うと、美術がちゃんと作り込んである舞台は第一印象で作り手側の本気度がうかがえるからだ。
こういうリアル系のセットの場合、「隣の部屋の家具」とか「廊下の壁」まで作られていないと、逆にクオリティが下がってしまう。しかしこの劇団はそんな手抜きは一切していない。
壁の「汚し」や小道具の全てに至るまで完璧に作り込んでいる。大舞台の商業演劇ならいざ知らず、小劇場の枠でここまで用意するなんて「何者だ?」と思ってしまう。

サムネイルを見れば、この舞台は超リアルなセットの中に非現実な巨大タマゴが鎮座し、シュールな世界観で展開していくことが予想される。
本編が始まると、予想通りしばらくはタマゴに触れることなく日常会話が進行していく。こういうのはスルーすればするほど面白い
しかし意外にも序盤でタマゴに関する説明が入る。しかし核心的なことは明かされず、よくわからないままさらに会話が展開していく。
数年ぶりに帰ってきた娘が奇妙な人物たちを連れきたことで、物語はさらに奇天烈に、コミカルに進行していく。

嫁のさっちゃんのキャラも絶妙だが、娘が連れてくる人物たちも実にいい。クレイジーでどこか肝の座った彼氏、一見まともそうだが只者じゃない感を出す仲人。言葉選びのセンスが光るサブ仲人。
登場人物みんなおかしいけど、ギリギリのところで正常な人間にとどまっている。巧みな脚本と演出のお陰かもしれないが、それを見事にリアルな人物として体現している俳優陣も実力者ぞろいだ。

芝居全体が、あくまで自然体の演技で統一されているのもいい。設定や展開は完全にコントなのに、コメディに全振りせず、あくまで人間ドラマを中心に観せていく。そのリアルな世界観の中で、とことん遊んでいるのが気持ちいし、面白い。
コメディのお手本のような作風だ。

嫁が述べる正論もどこかズレている。彼氏や仲人の出す雰囲気はコミカルなのにどこか恐怖を漂わせる。他の人物も、まともな面はあるのにやっぱりどこかおかしい。
そして、各人物に対してずっと感じていた違和感の理由は、後半でちゃんと回収してくれる
ここまでくると、巨大タマゴの存在なんて忘れてしまう。タマゴが何かよりも、目の前の人物たちの行末のほうが気になってくる。完全に物語に魅了されてしまった。

気になった点と言えば、終盤のショータイムの時だけ照明が非日常になることや、ラスト、タマゴに向かって感情の暴露大会になるのが安直だったことくらいか。
でもまあ、目を瞑れる範囲だろう。
脚本も演出も俳優も、全てが上手い。
こんなハイクオリティな作品に出会えるなんて幸運だ。
「fukui劇」…只者じゃないぜ。


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