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【北京随想】妻が誘拐未遂?に遭った話

30年前の話。
家族同伴で北京大学に赴任し、大学構内の宿舎に2年間滞在した。
子供は、娘が小学校低学年、息子が幼稚園だった。

当時、中国は、なんでもありの時代だ。
小さな子連れだったので、あれこれと心配の材料は多かったが、
ダントツで心配だったのは、誘拐だ。

中国では、誘拐は珍しくない。
毎年全国でどれくらい起きるのか不明だ。
あまりに日常茶飯事で、ニュースにならないからだ。

外に出る時は、2人の子供から目が離せない。
大学構内も、安心とは言えない。
校門の出入りチェックは、厳しくなったり緩くなったり、
基本的に、誰でも入ろうと思えば入れる。

山東省済南市の広場に並べられた行方不明の子供達の写真(時事通信社)

映画『親愛的』(邦題:最愛の子)は、
実際に起きた児童誘拐事件をモデルにした映画だ。

深圳の街中、ある日突然、3歳のわが子が姿を消す。親は、後悔と罪悪感に苛まれながら、必死でわが子を探す。数年後、河北省の農村で、ついに奇跡的に再会を果たす。しかし、6歳になっていた息子には、育ての母がいる。息子は実の親のことを全く覚えておらず、育ての親である最愛の母との別れを悲しむ………

というストーリーだ。

映画「親愛的」

中国では、誘拐を生業とする者がいる。

中国語で、誘拐犯は「人販子」という。人間を販売する者、という意味だ。
ブローカーの役を請け負い、誘拐した子供を子供がいない家に売る。
需要と供給の関係が成り立っている商売だ。

男の子は、家の跡継ぎにするため、あるいは肉体労働を担わせるため、
若い女性は、結婚できない男の嫁としてさらわれることが多い。

中には、物乞いをさせるため、臓器売買に供するため、というようなケースもある。

さて、これは、わが家で起きた実話。

ある日、妻が娘の日本人学校に用があって出かけた。
用事が終わって、帰り道、急にタクシーの運転手に呼び止められた。
そばに停車しているタクシーの中に、外国人っぽい男性が乗っている。

運転手が妻に向かって、

「この外人が万里の長城に連れて行ってくれと言ってる。
 俺は英語が分からない。いっしょに乗って案内してくれないか」

と頼んできたという。

おい、おい、いくらなんでもありと言っても、これはない。
しかも、時はすでに夕方。万里の長城に行くような時間帯ではない。

もちろん、妻は断った。
これは、誘拐未遂だったのか、事の真相は定かではない。
だから、いちおう記事のタイトルに(?)を付けておいた。

だが、成人の誘拐は、親切心につけ込んでくることが多いという。
もしあの時、お人好しの妻がもっとお人好しになってしまっていたら、
どうなっていたか。

くわばら、くわばら。

これは、30年前の話だ。
現在の中国の誘拐事情はよく知らない。

発生件数は、メディアによってかなりの違いがあるので、実態は不明だ。

外務省の「海外安全」HP では、

「公安機関による児童及び婦女の誘拐・人身売買事案の立件数については、2021年中 2,860件」

と発表している。

しかし、これは中国政府当局が発表した情報に基づいたもので、しかも立件された件数に限られている。

実際に起きている誘拐件数は、これを遥かに上回る。
NHK や香港「文匯報」の報道では、年間20万人とされている。


誘拐は、ほんの一瞬の隙に起きる。
中国で暮らした2年間、いつ自分の身に起きてもおかしくなかった。

今、妻と同じ屋根の下で暮らし、成長した娘と息子が、いつもそばにいる、いつでも会える。
ただそれだけで、何ものにも代えがたい幸せを感じる時がある。


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