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自転車に乗れる人は、チャリの整備を。

2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が7都府県に発布され、同年同月16日に全都道府県に区域が拡大された。

終息の目処は見えず、専門分化した医療機関の患者許容量を越える日を如何に先に延ばすかが、感染による死を減らす方策となっている。

丁度、9年前の今日、僕は京都から福島に、東電原発事故による被ばくを避ける為、避難の呼びかけに行った。短半減期核種の被ばくだけでも避ける期間、一月でも避難するという選択肢を届けたかった。避難先としては、役場に掛け合い見つけた公営の林間学校や、大月さんという友人が見つけた、空いている教員住宅などがあった。

すべて捨てる気で持って行った衣類と靴とマスクを身に付け福島に行った。実際、初めて行く福島に、知り合いもおらず、会える人は社会福祉協議会から紹介された数人の人たちであったが、道中、中学生がマスクもせずに自転車で通学していたり、ベビーカーを押した無防備の家族を見て、自分のできることの少なさに、避難指示を出さない行政に、悔しかった。
そこで会えた一人の農家さんと藍を福島で育て始めて6年になる。今月の初めに5回目の種まきをした。
避難の呼びかけに応じ、京都に来た人はいなかった。
避難したら、行政からの補償が出ないのではないか?と、問われもした。畑や牛もってひなんできねぇべ、とも聞いた。人が土地に根付いていることをかんじた。かわりに土の測定を頼まれ、そこから5年間、環境放射能の研究に従事した。あの、白い防護服をみると、原発事故を思い出す。9年が過ぎた今も、「福島」には汚染と経済的な被害が残っている。環境放射能の土壌採取は、陽気な天気な時など、目に見える景色にいったいどこに汚染などあるのだろうかと、鳥の声なんかを聞いていた。これからも、人が住まざるを得ないところで、人と話しながら原発事故後のくらしを考えたいなと思った。藍の話はまたにして、今、都市部の人に避難できる場所があることを提示したい。

先月よりも、今状況が明らかになって来ているように、数ヶ月後には、状況が今より見えているはずであるので、その数ヶ月を生き抜くための避難だ。
不要不急の外出を避ける「自粛」の要請は、物流、電気、水道が機能している前提である。これが、成り立っているうちは、準備を考えておき、そこでの日常を廻すことに異論はないし、応援したい。地震や台風により、これが途絶えた場合、動ける人は自力で被災地を離れることが、本人の為だし、救援の資源を必要な人に届けることに役立つ。
避難は、受け入れ先だけでなく、避難する人にも準備がないと、動けないものなので、今から一緒に考えてください。
昨年の台風のように予報として被害が甚大であると予想される時は、準備を実行できるようにしたい。

行政の提供する避難場所での感染症対策を求めていくことは重要だけれど、その提供されるべき人は、本当に動けない人なので、対策を求めつつ、動ける人は自力で動く準備をする。こうした、非日常への備えは今の社会で、大部軽視されてきているだけに、想像を働かせ、人の話しを聞きながら作っていきたい。

僕は、山岳地域の田舎にいるのですが、都市部の人への提案は、たとえば、雪国は豪雪期間に自動車が動かせるように家から離れたところにある車庫があるの。僕が借りている家には二個ある。写真はそれです。今から半年は雪があまり降らないので、そこの中のものを出して家とする。そういうホームステイ先を探し、互いに整備していく。ステイホームだけ言ってる場合じゃない。時間と場所を回遊する方法を一緒に考えたいです。

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